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202x.6.22(3h+1) 可愛い写真

 ふと、マーロンの兄弟のSNSををチェックしてみたら良いんじゃないかと思い至った。  勿論本人のアカウントも随時チェックしている。彼は結構まめにフェイスブックを更新していた。画像も短いコメントも、創意工夫が感じられて趣味がいい。2日前に載せていたハッピー・ソックスの可愛い靴下、あれは今度電話した時、絶対にからかってやる。  俺と話している時も話題に出すことなど皆無だし、あまり仲が良くない兄弟だと思っていた。が、このご時世だ。コメントとアカウント名から割り出すことはそこまで難しくなかった。(そもそも靴下を送ったのは彼のお兄さんだったらしい。一体何故?)  旅行添乗員でフランスに現地妻がいた弟さんの方は、余り収穫がなかった。投稿内容は業務とプライベートが半々と言ったところ。ツアーで訪れた街の風景、家族サービス中の一コマ。  マーロンについての言及は、2年前の感謝祭で兄弟が集まっていた時の投稿が直近だった。画像の隅の方で、煙草くらいの大きさにしか写っていなくても、よく分かる。肩を抱き寄せた奥さんの目を覗き込む彼は、心から楽しそうに微笑みを浮かべていた。  何かマーロンの良い画像があれば保存してやろうと、やましい根性を持っていたことは否定出来ない。けれどこれは保存するべきか、かなり悩んだ。彼のこんなにも穏やかな顔は貴重だ。  けれど、トリミングして彼女の姿を消すには、余りに2人の距離が近過ぎる。    お兄さんの方は、昔、自殺未遂だったか? そこまで過去の投稿を辿ることはしなかったが、ちょいちょい「感謝」とか「トレーニング」とか言う単語が目につく。文章が多い。たまに記事の中に、有名なNPO団体のリンクが貼ってあったりする。  そんな中で、「兄弟への感謝」とタイトルが付けられた投稿へ目を奪われたのは、そこに画素数の低い、ざらついたタッチの画像が添付されていたからだ。  印画紙に焼き付けた写真を、そのままスマートフォンのカメラで撮影したものだろう。昔のカラーフィルム特有の、少し黄味を帯びた色合いの中でも、3人の小さな子供達が真っ黒に日焼けしている事は簡単に見て取れた。  マーロンは7歳位だろうか。足元に座り込んでいる弟さんなど、まだおむつをしている。  どこかの海岸で遊んでいる時のスナップらしい。年子と聞いているお兄さんと色違いの水着を身につけて、マーロンはその場に佇んでいた。片膝を軽く曲げ、爪先を柔らかい砂の中に潜り込ませる、子供らしく行儀の悪い立ち方。視線はカメラから微妙に逸らしている。照りつける太陽の光が眩しいのだろう。写っている誰一人として、笑顔を浮かべていない。  こんなにも幼い頃のマーロンを見るのは初めてだったので、心臓が跳ね上がった。  彼は昔から、さほど雰囲気が変わっていない。かったるそうな表情など今とほぼ同じで、思わず笑ってしまったほどだ。おねむなのか、現在のマーロンが寝起きによくして見せるよう目を細め、弱々しい眼差しを虚空に漂わせている。しばしば酔ってもいないのに据わり、刺し貫くような凄みを感じさせる大人の目付きは、どこで学んできたのだろう?  対して、唇は今にも飛び出しそうな不平をぎゅっと押さえ込むように、引き結ばれているのだから。  つまり、神経質そうな子供、と言うのが総合評価だった。赤い水着から伸びる脚も、ぶらりと力無く垂れ下がった腕も、棒切れのようにか細い。愛らしいと素直に言うのが憚られる、どこか哀れを催すような見かけだ。  けれど、哀れな存在は、愛しい存在でもある。  俺は断じてペドファイルじゃない。でも、この写真のマーロンを抱きしめたいという激しい欲求に駆られる。どうしてそんなにつまらなそうな顔をしてるんだ?と尋ね、悩みを解決してやりたい。甘いものが欲しいならば、両手一杯の菓子を買ってやる。ただ単に眠たいだけならば、毛布で包み込んで、寝息が聞こえてくるまで子守歌を歌ってやってもいい。  この感情は、いたいけで寄る辺ない子供を目にした大人ならば、誰でも覚えるものだろう。それなのに必要以上の決まり悪さを感じるのは、過去のマル少年と、今のマーロンを切り離して考えることが出来ないせいかもしれない。  認めなければいけない。俺は、奥さんを喪って苦しんでいた彼を目にしたとき、取り返しのつかない恋に落ちた。曖昧に象られていた感情がはっきりとした形になったのは、自らの手に入れることが出来るかもしれないとの希望が見えたせいだ。もしも彼が、彼女とずっと幸福でいてくれたならば、諦めることが出来たのに。  果たしてそうだろうか。例えこのまま彼の結婚生活が続いていようと、いつかの時点で俺は取り返しのつかないことをしでかしていたのではないか。彼女と、他ならぬマーロンを傷つけてしまうような手段を用いてさえ。  何故なら、俺の人生の中で、マーロンのような人は二度と現れないから。彼を決して手放してはいけないのだと、まるで神からのように強い啓示が、いつでも頭の中へ響いている。  取り敢えず、画像は保存した(先程の感謝祭の写真も取り敢えずは)待ち受けにしようかとも思ったが、流石にそれを思いついた時、自分でもドン引いた。それに、もしもマーロン本人に見られたら、画像そのものを消せと言われてしまうだろう。俺自身が撮ったもの、マーロンのSNSから保存したもの、もう随分と沢山、彼の写真は俺のスマートフォンへ保存されていると、本人は知らない。ちょっとしたスリルだ。    あまり首ったけになったものだから、小さなマーロンが夢の中に出て来てくれれば、と思っていた。けれど明け方に見たのは、随分とおかしな……大人のマーロンが、あの変てこなハッピー・ソックスを脱ごうとするものだから、カウンセラーのコフマン先生に叱られていた。靴下なんか本当はいらないとごねるマーロンに、履かねばなりません、それじゃなくても、少なくとも別のものは、と先生は語気を強める。けれど彼女にーーつまり、奥さんにーー会うんだから、裸足でいいとマーロンは……  ひどい悪夢だった。不安になって起き抜けにテキストを送ったら、すぐに返事が来たから良かったものの。  近いうちにまた先生の元へ話をしに行かねばならないから、こんな夢を見たのかも知れない。憂鬱だ。

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