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202x.7.6(3h) お袋の誕生日プレゼント

 姉貴から電話。お袋の誕生日プレゼントをどうするかとの確認。忘れていたわけではない。日付を答えろと言われれば即座に口にすることが出来る。ただ、事前に何かしてやろうという気遣いがいつも出来ない。お袋は毎年電話やテキストをくれるのに。俺はなんて薄情な性質だ。  後で代金を折半するから、姉貴のセンスで良いもの見繕っといてくれと言えば、自分で買えと怒られた。彼女も2人目が産まれてから忙しい。余り甘えるのも良くない。  でも、マーロンはどうしているのかと尋ねれば「大体兄貴が音頭を取って、兄弟全員で金を出すって感じだな」だって。ほら、やっぱり! 別に珍しい話でもない。 「合算した方が、高いものを買えるだろう。去年は3人で旅費を出して、リッチ(というのは弟さんの事だ)の家族とバハマへ一週間」  今日は昼休憩の間、ずっと彼と電話で話していた。どこにいるのか聞いたら、セントラルパークの近くだと言っていた。西72番街を抜けて、ジョン・レノンの石碑があるところの近く。「この前知ったんだけど、あそこ、ストロベリー・フィールズって言うんだって」苺畑よ永遠に、か。 「昼飯食うところを探してて。朝から籠もってるスタジオ、靴の中みたいな匂いがしてて、とてもじゃないけど」 「何食うんだ?」 「ベーグル。野菜とか色々挟んだ……昨日のサラダの残りだから、傷んでるかも」 「弁当か、珍しいな」 「まあ、たまにはね」  彼が野菜を食べるのはいいことだ。そうでなくても不摂生が過ぎるのだから。  俺が基地内のサブウェイで買ったサンドウイッチを、わざとばりばり咀嚼してやったら「汚いな」と叱られた。 「なあ、人間、食い物とセックスへの向き合い方は同じって言うぜ」 「お前が夜、貪欲な理由が分かったよ」  搾り取られる、との嘆きに、俺は思わず笑ってしまった。 「夜だけじゃなくて朝も昼も、俺は貪欲だよ。今だって、あんたの声を聞いてたらムラムラしてきた」 「エーディー」 「あんたの素敵なあれ、俺のケツにずっぽり挿れて、今食ってるもんを全部吐くくらい、滅茶苦茶に突き上げて欲しい」 「そんな台詞じゃ俺は興奮しないぞ」  俺も自分で口にして、何だかおかしいな、となった。まあ、彼とやりたいって言うのは事実だが。 「今そこに、誰もいないだろうな」 「いない」  事務所に一番近い演習場は、天気がいい日だとなかなかいいピクニックスペースに早変わりする。兵達の汗と涙が染み込んでいるとは思えないのどかさだ。だだっ広く見晴らしがきくから、一度確認してしまえば、逆に安心なのがいい。 「あんたは優しいな。俺のことを一番に心配してくれる……」 「セルトラルパークのど真ん中で、変態電話をする趣味はないだけだよ」 「確かに、無性に外で食べたくなる時ってある」  初夏の風が、捲り上げた袖口から覗く肌をさっと撫でることで、逆に照りつける太陽の熱を意識した。暑さを覚えているにも関わらず、次いで蘇ったのは、マーロンのひんやりした手指の感触だった。彼に両腕を掴まれ、乱暴に唇を押しつけられるあの興奮。ここだよ、と首を反らせば、応えるように喉笛へかぶりつかれることだろう。急所を彼に晒す快感。彼に少し傷つけられたい。少しだけ酷くされると、俺は悦びを感じる。彼の気取りを剥ぎ取って、生身の無防備な面を見るようだからだ。  慌てて顎を引き、親指についたオーロラソースを舐め取る。けれど指の腹に当たった自分の舌のざらつきで、彼の愛撫を思い出してしまう。彼がとても念入りに、それこそ筋肉の部位一つ一つへ自分の名前を書き込むよう、俺の胸から腹に掛けてキスするから、恥ずかしくなって彼の顔を両手で覆い遠ざけようとした。そうすると、彼は含み笑いと共に親指の第一関節へ歯を立てて、「気持ちいいのは嫌?」と聞いてきて……  彼の小さめな前歯が食い込んだところへ、同じように歯を当てる。ゆっくりと関節の線へめり込ませるよう顎に力を入れ、痛みを感じたら離してもう一度繰り返す。  今からオナニーをしていたら間に合わない。ああ、これで後8時間ちょっとの勤務時間を、悶々と過ごすことが決定してしまったと内心嘆いた。おまけに電話口のマーロンが何か話していたのを、聞き逃してしまう始末。何て忸怩たる話だ。 「そう言うわけだから、今週は」 「ああ」 「まあ、別に来るだけなら。でも本当に、構ってやれないよ」 「構ってやれない? 俺のこと猫みたいに言いやがって」  拾い上げた単語から連結するイマジネーションに、ミャオ、ミャオと鳴いてやれば、マーロンはハハハ、と平べったい笑い声を上げた。 「俺の家でばっかりくすぶってないで、たまには実家に帰ってやったら。お袋さんの誕生日にでも……きっと喜ぶ」 「うーん」  それは間違いない。お袋も親父もさぞ喜ぶことだろう。最後に帰ったのは今年に入ってすぐの頃だから、もう半年前になるのか。  両親が健康で、仲が良いということがどれだけ恵まれているか、マーロンの話を聞いているとつくづく実感する。姉貴の話を聞く限りだと、二人は楽しくやっているようだ。まあそれも、子供達が平穏に暮らしているから、というのは大きいだろう。特に姉貴は実家も近いし、随分と頼りに出来る。  姉貴にはもう、可愛い子供達がいる。孫の顔を見せるという義務は、彼女が立派に果たしてくれた。けれど、このまま俺がマーロンと付き合い続けていれば、ターナーの名前を継ぐ子供は誕生しないわけだ。  別に申し訳なく思う必要はないのだろうが、それでもやはり、もやもやとしてしまうのは事実だった。  こんなにもマーロンのことが好きなのに、二人の未来を考えるのはとても怖い。彼は以前「未来を信じることが出来ない」と言った。だが信じると言うことは、少なくとも彼の中で、俺達の関係は何らかの形を作っているということだ。俺はそんなことすら出来ない。論理的なイメージが全く想像できないのだ。ただ明日、彼に会うこと、それだけで頭の中が一杯になってしまう。 「親孝行してやれよ」  もしもお袋の誕生日に、マーロンを伴って帰省したら、家族はどんな反応を示すだろう。あからさまに怒り嘆くか、それとも歩み寄ろうと努めるか。けれど今の俺には、努力という希望ある言葉へ包まれていたとしても、拒絶は受け入れられない。きっと俺は憤り、家族を切り捨ててしまうだろう。そして後悔する。 「そのうちな」  そのうち、か。そのうち、俺は寛容さを持つことが出来るようになるのだろうか。  結局、誕生日プレゼントはどうしようかと悩んで、勤務中に顔をあわせたポールやリジーに相談したら、どちらからも「ググってみたら」と言われた。取り敢えず、出てきたお勧め紹介ページから通販サイトに飛んで、オーガニックコットンのストールと、ワインを送っておいた。こういう話題こそ、マーロンに相談すれば良かったのだ。彼ならきっと、センスの良い品を選んでくれただろうに。

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