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202x.7.8(3h) 夢で彼女とファックする

 寝覚めが悪かった。せっかくマーロンの家へ来ているのに。  夢の中で俺はマーロン・ヒルデブラントであり、エドワード・ターナーでもあった。自己認識はそれで間違いないが、彼の奥さんにはどういう風に見えていたのだろう。  とにかく、受け入れるに足る存在であったことは間違いない。こっち来てよハニー、いつもみたいにアレして。シーツの上へしどけなく横たわり、重たげなブルネットの髪を掻き上げながら、彼女はそう誘惑する。  俺があんなにも興奮していたのは、きっと身体の半分を構成するマーロンのせいだ。まるで最高のご馳走であるかのように、彼女へむしゃぶりついた。揉みしだかれた豊かな胸を弾ませ、俺の腰に脚を絡みつかせ、彼女はそれはそれは奔放に乱れた。どこか形骸的な、まるで安っぽいポルノみたく現実味に欠ける媚態は、俺の想像力の限界を示しているのだろう。  焦りまくってワギナへ挿入しようとする俺を、いいからやってと彼女は煽り立てた。あんた私の夫ともやってるんだから一緒でしょ、だなんて。  「うるさいな、もっと気持ちよくしてやるよ」と吐き捨てながら、叩き込むようにして腰を動かし続けて、ああヤバい、もう出る、というところで目が覚めた。  朝の9時過ぎで、マーロンはタッチの差で家を出た後だった。こんな時こそ、彼に側へいて欲しかった。  彼女に関する、ここまで攻撃的な夢を見るのは初めてだった。二人がセックスしていたベッドで寝ていることへの罪悪感が、とうとう顕在化してしまったのか。それとも嫉妬心の発露だろうか。どちらにしても、俺が普段意識しない、或いはしないよう努めている感情だから、余計に気落ちする。  これで勃起でもしていたらどうしようと思ったが、幸いペニスは大人しいままだった。ただ、心なしかアナルがぐずぐずとぬかるんでいるような気がした。  昨夜はここへ彼のものを挿入されることがなかった。セックスと呼ぶのさえはばかられる行為。夜遅くに到着したこともあるし、マーロンはすっかりくたびれていたので、謹んでの固辞を宣言した。それでもうずうずしていた俺を見かねたのか、ベッドに俺を座らせて、「自分でやってごらんよ、見ててやるから」と提案したのは、優しさなのだろう。とても残酷な話だが。  見るだけではなく、触ってもくれた。ペニスを扱くどころか、アナルにも指を差し入れ、前立腺をくるくると弄ることまでしてくれたのだ。  彼の肩へ額を押しつけ、声を抑えることすら出来ずに嗚咽していたら、ぎゅっと抱き寄せられた。そのまま、いくところを間近で、余さず見られた。ぞくぞくした。幸せだった。  そのままもっと身体の中を掻き回して欲しくなった。だが彼は俺が射精するや否や、とっとと洗面台で手を洗い、お休みといってシーツを被ってしまった。本当に疲れ果てていたのか、すぐさま寝息が聞こえてきた。  俺をこんな風にしておいて、興奮しないのだろうか。いつも不思議に思う。俺ならばマーロンが目の前でオナニーし始めたら、居てもたってもいられなくなる。  あの悪夢は、欲求不満のせいかもしれない。  このままアナルを使ってマスターベーションをしようかと思った。ぐずぐずした感じが気になって下着に手を突っ込んで確認したら、少し糸を引いているような気もしたし。  だが、見た夢の内容が内容だ。率直に言って、精神的には非常に萎えた。結局そのままベッドの上でだらだら、もぞもぞと落ち着きなく、溜息ばかりついている。  マーロンのせいで、俺は心身ともに変わりつつある。まるで女みたいじゃないか。  人間誰しもが、男性的な側面と女性的な側面を持っているものだ。俺だって例外ではない。甘えたがりなところとか、甘い物が好きなこととか……  以前の俺は、自分の女性的な部分を屈託なく受け入れていた。でも彼とセックスするようになってから、何となく発露を意識するようになった。それは自らとマーロンの奥さんを、比べてしまうからかも知れない。  残念ながら、同じリングに立ったが最後、俺が彼女に勝つことは絶対に不可能だった。  ナイトテーブルに飾ってある写真立てを見上げれば、虚無感は益々強まる。写真の中の彼と彼女は、いつだって幸せそうに寄り添っていた。  良い加減片付けろよとは、とても言えたものではなかった。気に入らないなら見なければいい、何なら部屋から出ていく自由すらお前にはあると、マーロンに言われそうで。彼が実際にそんな事を口にするはずが無いと分かっているのに、恐怖は消えない。  マーロンに初めて抱かれた時も、俺はこの写真を眺めていた。錯綜した意識の中でも、やたらと強く印象に残っている。アルミフレームの傍らには、彼が外した結婚指輪が置かれて、ナイトスタンドのオレンジ色をした明かりを反射していた。彼女が裸で触れたシーツが俺の脚と、彼の腰に絡まって、身体を一つに結びつけた。  彼は優しい男だ。クラブのトイレ、車の中、リビングのカウチ、機会は幾らでもあったのに、ちゃんとベッドの上で抱いてくれた。  まだあまり慣れないアナル・セックスの最中、俺はずっと、こんな機会、二度はないと考えていた。今この瞬間に死んでしまいたいと、ずっとずっと思っていた。  けれど俺は生き延びてしまった。チャンスをものにしたのだ。  スクリューでずたずたにされた彼女。3人の潜水士が3日間海底を浚っても全部の部位を見つけることは出来なかった彼女。顔が半分以上なくなっていたそうだから、葬儀の間中、棺桶の蓋は一度も開けられなかった。  マーロンは3日間海を捜索させた。そして諦めた。  マーロンは3ヶ月と少し禁欲を貫いた。そして俺と寝た。ルーフトップ・バーのトイレで彼にフェラチオしたことまで遡れば、ちょうど3ヶ月くらいか。  彼の忍耐ってそんなものだ。彼女にそう言ってやりたい。自分の残酷さに目眩がする。 「彼って弱虫、肝っ玉が小さいの」  と彼女が言ったのは夢の中の話ではない。まだ俺が明確にマーロンへ対する感情を自覚していなかった頃のことだ。  他にも何人かの友人と一緒に彼の帰宅を待っていて、20時からのレストランの予約が間に合うかやきもきしていた。彼女はジェムソンのボトルとウィルキンソンのジンジャーエールをテーブルにどんと乗せ、適当に酔わない程度で飲んじゃって、と饗応した。それが彼女自身、お気に入りの飲み方だった。 「その癖外面を取り繕うのは上手いんだから。私との関係が事務所にばれたときも、表向きはふてぶてしい顔してたけど、あれ、酔ってたからよ。呼び出しへ応じる前にジャック・ダニエルズ何杯飲んだのか……部屋を出るときは千鳥足だったんじゃないかな」  聞いたときは、酷いこと言うもんだと反発を覚えた(その時点で、やっぱり俺は、彼に惚れていたんだと思う)  けれど最近、俺も分かってきた。彼の弱さ。肝っ玉の小ささ。そのくせ、客を日付が変わりそうになるまで待たせる厚顔、で、帰宅したら帰宅したでばつの悪い顔をする良心の持ち主。  彼女もきっと、彼のそんなところを愛していたんだと思う。  心配しなくても、彼女に代わって、俺が旦那のことを愛してやるさ。  ところで今日、彼は何時に帰ってくるだろう?

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