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202x.7.20(2.5) ゴダールごっこ

 怠惰な1日。マーロンと2人、ほぼずっとベッドの中にいた。昨晩のセックスも素晴らしかったが、こんな時間の過ごし方もいい。  ベッドにコーヒーとサンドイッチを持っていくと、そこで待っているのが普段にないほど、無心に無邪気に眠りを貪っている寝顔だったのだから、もう堪らない。彼のものへ挨拶し、たっぷり可愛がってやった。半覚醒状態から徐々に意識がしっかりして、それでもまだ回らない呂律で「もう勘弁して」と懇願する彼の姿はとてもセクシーだった。俺も数時間前まで散々愛されていた腹の奥が、ぎゅっと収縮してしまう程には。  そのまま再び穏やかな性交を。朝食も身体を繋げたまま食べた。食って寝てファックして、動物みたいだなと寝起きの少し腫れた目で笑う彼は、しかしどこまでも人間的なのだ。尊い理性を有していながら、それを惰性で手の中から滑り落ちるがままへさせた、堕落した人間。  皺だらけになったワイシャツを羽織り、寝癖のついた頭のままパイプを吸う男にときめくと言えば、それはやたらと局地的なフェティシズムなのだろう。だが笑えるのは、マーロンを見たことが無い人間だけだ。ぷかぷかと甘い紫煙を漂わせながら、彼は俯せに寝そべった俺の背中を、かなり長い間眺めていた。仰ぎ見れば、うっすら歪んだ唇の狭間から一際白い塊が漏れ溢れ、朝の光に絡み付いた。 「弟が、お前のこと」 「なんて?」 「良い子そうだって」  口角がそれはそれは意地の悪そうな笑みの形に崩れるのも、また惚れ惚れするのだ。そんな事で嬉しがるのも安っぽい気がするし、ここはツンと澄ましておくべきなのだろう。けれども俺は、やはりだらしない笑顔を止めることが出来なかった。 「実際、良い子だろ」 「まあそう言うことに」 「朝からしゃぶってくれる恋人なんて、そうそういないぜ。感謝しろよな」 「起きる前からもうクタクタだよ」 「よく言う、こんなセクシーな男を前にして勃たないなんて」  シーツを蹴り剥ぐって、生まれたままの肉体を見せつけてやった。  彼に肌を見せる事へ抵抗はない。もうこれまで数えきれない程繰り返してた行為だ。けれどマーロンが適当とは言え服を身につけているにも関わらず、俺は無防備な状態でいると、羞恥とは違うぞくぞくしたものが血の中を巡る気がする。被虐的な感覚と言う奴だろうか? 「俺の身体は好き?」 「うん」  鏡見てみなよ、と顎で示されて振り向けば、そこには斜め45度の角度でベッドの上を切り取る鏡台があった。いつかあそこで彼とやってみたいと、以前から俺が願望を抱いている、彼女の聖域だ。奥さんもこうやって、鏡に映る夫の顔を眺めたことがあるのだろうか。手持ち無沙汰にパイプを噛んでいる、かったるそうな顔を。 「ほら、綺麗な身体をした子供が映ってる」 「あんたらしくない大雑把な物言いだな」  だから俺は肘枕にこめかみを押しつけ、拗ねた声を作ってやった。 「どこが綺麗? どういう風に?」 「うーん……全体の均整って意味でかな」  ナイトテーブルへ伸ばされた手が掴んだのは、昨晩電話しながらメモを取るのに使われたサインペンだった(ここのところ、ビリー・マクギーはホルモンバランス的に情緒不安定な時期へあるようだ。日に4、5回マーロンのスマートフォンへ連絡を入れては、あれこれ話し込んでいる。時には泣き声が聞こえることすらあった)  キャップの外される音がしたと思えば、すぐさま左足の小指をつつくよう、固い感触が押し付けられた。 「ここから太腿の付け根まで。長過ぎず短過ぎず、膝の上下もバランスがいいね」  言葉を辿るよう、ペン先が身体の側面を上る。一息で思い切りよく線引かれたものだから、くすぐったさで身を捩る反応も遅れてしまった程だ。 「膝といえば、骨の形もいい。昔は女性モデルでここが不揃いなのは凄く嫌われたって。近頃は男もハーフパンツを履くから、案外気にされるよ」  両の膝の裏にチェックマークが入れられた後は、尾てい骨へ。 「背骨も曲がってない。上半身の筋肉の付き方も大変結構……どんなトレーニングしてるの?」 「ど、んなって……普通に懸垂して、ケーブルマシンとか、バーベルも」 「軍人は凄いな」  しばらく尻の溝の始点で、いたずら書きでもするように留まっていたから、少し肩が震えてしまう。マーロンは素知らぬ顔で首の付け根までペンを走らせ、ついでにどちらの広背筋も伸びやかな丸で囲う。途中で脇腹まで寄り道された時は、もう腕の中へ顔を伏せてしまっていた。適温に保たれているはずなクーラーの設定が物足りなくなって、うっすらと汗が滲み仕方ない。空気中に晒されている肌が熱い。シーツへ触れている場所へは更に熱が籠り、敏感になっていく。衣擦れの音が響き、彼の体温が近付いたと感じれば、脳が溶けてしまいそうになった。 「首は長いから、そこまで太く見えないし」 「マーロン、もう……」  頸動脈に沿って、血管を浮かび上がらせるような軌跡に、肩が跳ねて仕方なかった。消え入りそうな声で訴えても、マーロンはお構いなし。そのまま俺の左手を取った。 「肩から二の腕にかけてタトゥー有り。大丈夫、撮影後のレタッチでどうとでもなる」 「これ好きじゃない?」 「いや、かっこいいよ」 「そのうち、新しいの入れようと思ってるんだ……あんたもどう?」 「良いかもな」  タトゥーの輪郭をなぞる指先と同じく、心地よく滑っていくような口調で言いながら、彼は俺の腕を矯めつ眇めつし続ける。その間俺は、彼の手を握って、緩めて。短く、震える息を整えるには、尋常じゃない努力を必要とした。このまま彼に縋り付いて、更なる行為を求めてしまいたくてならなかった。    うずうずとなる下半身が動き出す寸前で、マーロンは俺の腕を一層自らの元へと引き寄せた。手首の、ちょうど時計で隠れる骨の辺りを食むのが合図だ。粟立った皮膚へ吸い付くだけではなく、緊張した筋肉に、じっくりと歯が食い込みすらする。 「ゴダールの映画みたいな真似はおしまい。シャワー浴びたらシエスタでもするよ。昨日は殆ど寝てないし」  バスルームで確認すれば、油性とは言え細いペンだ。身体へ描き込まれた線は目立つものでも無かったうえ、擦ればすぐに消えた。それがとても残念だ。彼に全身くまなく調べ上げられ、褒め称えたらたら、どれだけ幸せを感じられただろう。  そうやって惜しむ気持ちがあるからこそ、唯一残された手首の鬱血が、一際意識を惹きつけるのだが。まるで映画の最後に「The END」と出すことで、美しい物語を閉じ込めてしまうように、彼は唇で触れた。俺の身体で記録を取るような行為は素敵だと思う。俺を見るたび、彼がこれまで過ごしてきた2人の時間を全部思い出すのだから。  ところで、ゴダールって一体誰だろう? 後で忘れずに調べておかなければ。

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