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202x.8.1(3h) 自撮り写真
非番時間に退屈すると、どうしてもマーロンの事ばかり考えてしまう。彼は今何しているんだろう。仕事は相変わらず忙しいのか。ちゃんと食事をとって、睡眠時間は十分か。他の人間をベッドへ連れ込んでいないだろうか。
勿論、こんなことを逐一マーロンに尋ねたら、彼を辟易とさせてしまう。俺が彼でも、そうやってことあるごとに介入されたら……
大して嫌でもないかも知れない。寧ろ彼が望むならば、自ら報告してもいい位だった。業務で日誌を書いたり、それにこのノートだって同じだ。
彼が俺の生活に介入してくれたら、俺は非常な満足感を覚えるだろう。俺だって自分のことが全く馬鹿だとは思っていないが、世慣れたマーロンに比べれば圧倒的に未熟者だ。この前スーツを購入した時も、彼にあれこれ指示を出され、安心している自分がいた。
だからこそ、逆は難しいのだろうが。あまり欲張りすぎるのは良くない。以前マーロンは、お前は本当によく喋るな、それも脇目を振らないで。何とか言う詩人の詩を思い出すよ、と俺に言った。
ちゃんとノートに書き写してあった。ミュリエル・ルーカイザー (Rukeyser? Rukiser? 綴りは違うかも知れない)
私のことを知ろうとして欲しい。
幸せじゃないんだ。
率直になるよ。
とても悲しい詩だ。マーロンは、人間が真に互いを理解し合うのは不可能だと思っているのだろうか。
この3日、彼から電話もなければ、テキストも寄越されない。また殺人的な量の仕事に溺れ、夜の街を渡り歩いて酒を飲み、馬鹿笑いをしているのか。マーロンは本来、とても知的だ。それなのに自ら心身をすり減らす真似をしている。日々に忙殺されることで、彼の脳内から俺が押し出されてしまうのはとても悲しい。
彼に会いたくて堪らなくなった。可哀想なマーロン。彼に触れたい。俺のことだけを見つめていて欲しい。
昨晩彼へ「忙しい?」とテキストを送れば、翌朝の7時に「まあね」と返ってきた。すかさず「疲れてる?」と畳みかければ「うん」。マンハッタンとニュージャージーは車で1時間と少し、何とも歯がゆい距離だ。疲労でどんよりした彼の目すら想像することが出来るのに。
少し驚かせてやろうと閃いたのは、当たり前だが悪意所以ではない。まあ、リフレッシュと言うか、気晴らしにはなるかなと思ったのだ。
ベッドへ仰向けに寝そべったままTシャツを脱いで、ジーンズのボタンを外し、ファスナーを半分ほど下ろしたら、前立ての奥へ左手を意味ありげに差し入れる。部屋の中ではクーラーをガンガンに利かせていたのに、体が火照った。動画でもないのに、シーツの上で微かにもぞつく脚の衣擦れまで記録されそうな気がする。間違いなく手ぶれを起こしたように思えたが、奇跡的に上手く撮れていた。
写真を送信しようとボタンをタップする時、少し躊躇した。少しだけだ、ほんの数秒ほどだった。ツリーへのアップロードは一瞬で終わる。遅れてきた羞恥の大波に浚われ、いよいよ顔が燃えそうに赤くなったのはその瞬間だった。
マーロンはスマートフォンを見ていないのか、なかなか既読マークはつかなかった。その間そわそわ、ほぼずっとスマートフォンに触れていた。昼飯を作っていた時もジーンズのポケットに入れていた。
反応があったのは2時間ほど経ってからのことだった。既読マークがついて約10分の沈黙。そして短い吹き出しがぽこっと現れる。
「わぁ 」
この3つのアルファベットを打ち込むために10分かけたのだとしたら、何とも泣けてくる話ではないか。
買い出しに行ったPX でリジー・ゴールドバーグと会って、そう嘆いていたら「ブロックされなかっただけマシじゃないの」と切り捨てられた。
「恋人に写真送ったことない?」
「ない。それに何だか怖いじゃない、リベンジ・ポルノとか最近よく聞くし……そうじゃなくても、仕事の真っ最中にそんなもの送られて来て、彼女さん、困ったんじゃないの」
確かに、会議で皆が一堂に会してる時、あの写真がスマートフォンへ浮かび上がったと思うと……今更ながら血の気が引くような思いだ。
「そんなに過激な写真なの、見せてよ」と彼女に言われたが、慌てて駄目駄目と首を振る。
「それならいい、アビーに見せて貰うもんね」
「彼女には送ったことないよ」
逆に俺が彼女へ頼んで送って貰った写真か、二人でイチャイチャしてるスナップなら何枚か持ってるかも知れない。
これまで付き合った女性や男性に対して、本気じゃなかった訳では断じてない。でも言われてみれば、こんな大胆な真似をした相手は、どれだけいただろう。
「癒しになればと思ったんだけどな。気に入らなかったのかな」
「もう少し仕事落ち着いてから連絡してみたら」
「いつ落ち着くか分からないんだよ」
「忙しいんだね、女優だっけ」
「ああ、今はビリー・マクギーと仕事してる」
「えっ、すごいじゃない」
そうやって一々真摯に向き合い、真剣に驚いてくれるものだから、彼女を欺いていることに良心の呵責を覚える。
言ってしまおうか。俺の恋人って、男なんだと。役者ではないけど、服や時計を買ってくれるし、あちこちの店へ連れて行ってくれて、他の業界人って奴に紹介してくれたりもする。自分のクライアントの為なら、あくどいことも平気でやってしまえるけど、そういうバッド・ボーイなところも含めて大好きで堪らないんだ。
彼女ならきっと、理解してくれるだろうと思う。大学への願書と奨学金について申請中だけど、将来的には会衆派の牧師になりたいって言ってたし。
けれど結局今日も、俺は黙っている。写真も見せなかった。歩いてきたという彼女を車で宿舎まで送って、心から彼女を信頼していますよ、男女間の友情は存在するんですよという顔をしている。実際、彼女はとてもいい友人だ。
車を降り際、リジーは俺の目を見つめて、にっこりと微笑もうとした、のだろう。けれどその表情へ一抹残った不安を隠しきることには失敗していた。
「彼女にメロメロなのね。聞いててちょっと怖くなるくらいだけど、あなた達にはそれで良いんでしょう」
その通り、と咄嗟に返すことが出来なかったのは、彼女が言うだけ言ってあっさり踵を返してしまったせいだ。
確かに周囲からは理解が得られないかも知れない。けれど構うものか。俺達には俺達の愛し合い方があるのだから。俺はマーロンをこんなにも愛してる。そしてマーロンが俺を気にかけてくれていることも、疑いようのない事実なのだ。
それにしても、俺の写真だけツリーにアップロードされているのは、何だか不公平な気がする。Wowの続きに「あんたのも送ってくれよ」とメッセージを入れたら、既読無視された。ケチな奴だ、別に減るものでもないだろうに。それとも照れているのだろうか?
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