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202x.8.4(2h+2) 問題解決

 この前俺が送った画像はどうだったかとマーロンに尋ねたら、彼は「エロいね、魅力的」と言った。おかずにはしていないそうだ。俺には自分の写真をくれないらしい、お前にそんなもの送ったら、冗談抜きでマス掻くのに使いそうだから駄目だと。  本物で我慢しとけよと言われれば、俺が引き下がるを得ないと知っているのだから、彼は全くずるい。余計ないざこざは起こしたくないので、既に何枚か隠し撮りした写真をスマートフォンへ保存してある事は秘密にしておく。  俺がフラットへ到着し、そんな和やかな会話を交わしていられた時間は幾らもない。クライアントから連絡が立て続けに入り、マーロンは午後中ずっとスマートフォンへ齧り付いていた。  この一週間、マーロンは非常に忙しい。彼が担当する中ではかなりの大物に入るグレッグ・コンカートが、パーティーで顔を合わせたユーチューバーを足腰が立たなくなるほど叩きのめしたのだ。  何でも以前、ズームでの生配信で気に食わないことを尋ねられたと根に持っていたうえ、そのティーンエイジャーはグレッグが懇意にしていた(と言うのは、この業界では狙っていたとの意味も含むことがあると、マーロンは教えてくれた)モデル兼インフルエンサーを妊娠中絶させたのだとか。  少し酔っていたグレッグはそいつの顔を見て、美人に泣き付かれたことを思い出したのだろう。恐怖の右ストレートがユーチューバーの顔面に炸裂する。鼻血を吹きながらひっくり返ったその坊やは、馬乗りになって拳固の雨を降らすブロードウェイのスターによって、小便を漏らすほど泣き叫ばされていた。  勿論殴られている一部始終は周囲に録画されてあり、当の被害者がアップロードした動画の再生回数は大変なことになっている。  セレブが取っ組み合いしただけなら笑って済ませる事が出来る。問題はその動画にマーロンが登場したことだ。くんずほぐれつになっている2人の間へ慌てて分け入り、ほぼ羽交い締めにするような格好でグレッグを会場から引きずり出している。顔だってばっちり映っていた。  グレッグより3インチは小柄なのに、マーロンは立派にその仕事を成し遂げていた。彼は案外力が強いのだ。セックスの最中も、強過ぎる快感に俺がベッドの上で這って逃げようとすれば、足首を掴んで引き戻して見せる。  コメント欄を確認したが、マーロンに関する直接的な言及は無かった。「何で誰も止めないんだ? 引き離すの遅過ぎじゃないか?」とかコメントした馬鹿、間抜け、阿呆。  再生回数2万1000回ということは、2万1000人がマーロンの奮闘を見たということになる。彼ら、彼女らの目が節穴で本当に良かった。  元々そのクソガキユーチューバーは公使ともの傲岸な態度で有名だったから、グレッグへの同情も幾らか集まって、もうほとんど騒ぎは鎮まりつつある。大体、ネットのニュースなんてものが一週間以上鮮度を保った試しは無い。情報の氾濫へあっという間に押し流され、1ヶ月後には「あー、そう言えばそんなことあったな」と誰もが肩を竦めて終わるだろう。  続報も聞こえてこないので、恐らくマーロンが上手く立ち回ったようだ。心底の称賛を込めて「さすがだなあ」と口にすれば、彼は「始めるのと終わるのは簡単なんだよ」と鼻で笑った。  要するに今日の彼は虫の居所が悪かった訳だが、その分神経が過敏になっているのか、話しかけても会話が弾む。 「お前、除隊後の仕事のあてとかあるのか」  夕飯を食いに行ったポロ・カンペロで、そう尋ねられた時はさすがにどきりとした。そんな先のことはまだ考えてない、と答えた口調は、恐らく平静を装えていたと思う。自分で聞いておきながら、相槌は「そう」とそぞろな調子で返される。スプーンでチリビーンズぐちゃぐちゃにかき混ぜながら、彼はしばらく考え込んでいた。 「特に決まってないなら、うちの事務所に来る? 近々事業拡大するから、推薦出来るかも」  齧りついていたフライドチキンの味が碌にしなくなった。こんなにもあっさり、彼と一緒に働くという夢が叶うなんて! もっと策略を巡らせ、搦手で攻めなければいけないと思っていたのに。 「勿論、無理にとは言わないけど」 「無理な訳ない! 凄く嬉しい」  咄嗟に、そう馬鹿正直な答えを返した俺を、幸いマーロンは特に訝しく思わなかったようだ。 「でも、俺に務まるかな」 「最初はアシスタントからだし、新規事業だよ。全員が手探りの状態から始めるんだ」  話を聞くと、マーロンの務めるデュースズ・ワイルド・プロダクションは、この度SNSインフルエンサーや動画配信者に特化した部門を新設するべくプロジェクトを始動したらしい。 「今更遅い気もするけどな。でもああ言う奴らって雨の後のきのこみたいに次から次へと出てくるだろ。つまり、青田買い(groom)って言うのか」 「新郎(groom)って……ああ、唾つけとくってことな」  マーロンはふんと鼻を鳴らすだけで答えなかった。 「動画配信者って、要するにユーチューバーとかだろう。この前グレッグ・コンカートと取っ組み合いしたような」 「ゲーマーとか、eスポーツの選手とかね」  酷く抑揚が薄く、まるで畳み掛けるような口調で、そう付け足される。  実際に彼と並んで道を歩くならば、そう言った知識を蓄えておかねばならない。この3年は猶予だ。自分の力で学んで、マーロンが推薦者として誇りに思ってくれるよう、研鑽を積む必要がある。  俺はいつでもやる気に満ち溢れている。けれど帰宅してから構ってくれとねだれば、マーロンは「今日は無理」とやたら消極的なのだ。そんなこと、やってみなければ分からない。取り敢えずしゃぶって様子を見るだけでも、と半ば強引に、カウチへ腰掛けた彼に挑み掛かった。心配しなくても、レストランでスパイシーなものは食べなかったから、彼を縮こまらせる恐れはなかったはずだ。  それで、勇んでテクニックを駆使した。まあ所詮、俺の技巧なぞたかが知れていると言うことを抜きにしても、冗談抜きで火付きが遅かった。1時間半くらいしゃぶっていたんじゃないだろうか。  じんわりと固くなった先端を上顎に擦り付け、頬の裏側の柔らかい粘膜の間へ押し込んでも駄目、幹を指の腹で擦りながら上目遣いを見せても駄目、いい加減顎が疲れてよだれもダラダラ、本気で器質的な問題があるんじゃないかと心配になった。マーロンは途中で何度も、もう良いよと言ったが、ここまで来ると俺も意地だ。最終的には何とか元気になったから良かったものの……  しっくり来ない一日だった。一番上の穴へ紐を通さないまま、スニーカーを一日中履いていたような気分だ。  ただでもモヤモヤしていたところ、全て終わって2人でベッドに寝ている時、暗闇の中響いたマーロンの声はまるでアイスピックのように胸へ突き刺さった。 「やっぱり無し」  何が、と俺が聞くまでもなかった。マーロンはパイプを咥えたままの悪い滑舌で「お前をうちの会社へ連れてくるってこと」と返す。 「お前には向いてない、こんな仕事は」  俺に抗弁する隙すら与えない断言口調だった。怒りすら含まれていた。  一体何だって言うんだ。理解が出来ない。

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