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202x.8.5(3h) 眠れる王子
昨晩、マーロンは眠る前に錠剤を一錠飲んだ。ごくごく緩い睡眠薬だという。
「最近眠りの質が悪くてさ。医者に行ったら、自律神経を整えるためにって貰ったんだ、二週間分だけ」
通院については初耳だが、そこまで驚きはしなかった。自律神経がイカれるのも当然だ。休日なんてないも同然の業務、朝帰りの連続。特にここのところ、彼は不規則極まりない生活を送っていた。
幸い俺はその手の精神安定剤へお世話になったことなどない。だが処方薬など、現代社会で珍しい存在でもなかった。医師の指示通りに短期間、乱用しなければ問題ないだろう。もっともマーロンは、小さな薬剤をグラス一杯のボンベイ・サファイアで流し込んでいた。次は止めさせなければならない。
薬がよく効いているのか、アルコールの相乗効果なのか、はたまた彼の症状は快方に向かっているのか。俺が朝起きた時、マーロンはぐっすりだった。元々寝汚くはあるものの、眠り自体は浅い彼に珍しく。
彼は大抵の場合、ナイトテーブルを背に横向きの形で眠る。カーテンを開き、夏日の予兆を感じさせる黄色っぽい朝日を浴びても、落とされた柔らかそうな瞼はぴくりともしない。唇は閉じられていたが、指を差し込めば簡単に押し開くことが出来そうだった。平穏な寝顔だ。眉間の皺もなし、口元の渋そうな捻じ曲げもなし。ちょっと擽れば、今にも笑い出しそうな感じがした。
枕へ投げ出された両手が力なく丸まっている様は、さながら赤ん坊の如く無防備に見えた。そっと触れれば、指先まで温かかった。俺の胸の中までじんわりとなる気がした。
彼と向き合う格好で横たわりながら、この幸せを噛み締めていた。自然とくすくす笑いまで漏れてしまった。本当に、本当に、俺は彼のことが大好きなのだ。彼さえいればいい。何かを失う代わりに、彼を与えようと言われれば、俺は相当なところまでその条件を飲む自信があった。金、地位、名誉、家族……全ては彼の存在が補填してくれるだろう。
俺はこんなにも彼を想っているのに、マーロンは呑気に高鼾、と言うのは勿論比喩だ。寝息も殆ど聞こえてこない。
彼の手を取り上げて頬をすり寄せた。
「起きろよ、マーロン」
掌へ唇を押し当てながら、こっそり囁く。
「もう10時だぜ。起きないと、びっくりすることになるぞ」
こちらが驚くほど、マーロンは目を覚まさなかった。さっきまでいろいろ試してみた。胸を指で突いてみたり、大音量でニッケルバックの『Home』を流してみたり、鼻をつまんだ時はさすがに手で振り払われたが、すぐにまた呼吸は規則正しいペースへと落ち着いてしまった。
上等じゃないか。本当にどうなっても良いんだな、と対抗心がむくむく沸き上がる。
仰向けにひっくり返した(これでもまだ起きなかった! 一体どうなってるんだ)彼の体を跨いで膝立ちになり、下着を下ろす。最初はペニスをしごいてるだけだったが、先走りで濡れた指は、気付けば後ろへと回っていた。
昨日やったから、まだアナルはかなり緩くて、簡単に指を差し込むことが出来た。正直、自分で自分の体の中を触るのはまだ少し怖いのだが、明るい日差しの中でひどく大胆な気持ちになった。
明確な快感を見つけるのは難しかった。微かにぬめる柔らかい場所を、固い質量の指で擦っているなあ、という感覚が強い。ただ続けていると、心臓の鼓動が少しずつ激しさを増して、頭がぼうっとなってくる。
これがマーロンの指であればいいのに、と想像が膨らむ。彼の指はひんやりしている。手の作りがむくむくしていると言うのか、ちょっと子供っぽい。俺よりは少し小さいが、均整の取れた手だと思う。
そんな彼の掌が、触れてはいるのに押しつけはしない、絶妙な匙加減で素肌を辿ると、俺はいつも欲情してしまう。時々何でもないところで指先が軽く擦る動きを見せれば、そこが弱点になる。これは内臓でも同じだ。狭くきつい腸内へ苦労して潜り込み、点字でも読むように滑らされる。自分では分からないタイミングで撓められ、撫でられるのが、堪らなく刺激的なのだ。
垂れてきたよだれを手の甲で擦ったが、元から汚していた先走りのせいで拭えたかどうか分からない。はあはあと、きついワークアウトをこなしたときよりも余程震えてしまう呼吸は短く、酸欠になっているのが分かる。何とかペースを取り戻そうとするのだが、体の中の指を動かせばすぐに逆戻りだ。
括約筋へ余計な刺激を与えるのが嫌で、一度指の股で止まるまで突っ込んだ後は、届く範囲で刺激する。偶然のように掠めた前立腺に思わず奥歯を食い縛った。一度この鋭い刺激を味わうと、もう止められない。乱暴に擦り立てているうちに、声も抑えきれなくなってきた。
クーラーも付けず、蒸し暑い部屋の空気が、余計に熱を煽り、正常な判断力を奪う。そもそも俺は、彼に惚れて以来、正常だった試しなどないと言われてしまえば否定できないが。
遂にマーロンの身体へ覆い被さる姿勢になり、胸元へ頬を押し当てた。Tシャツ越しにも、しっとり汗ばんでいる彼の肌を感じ取る。それなのに、心臓の鼓動は全く平静だった。
どうしようもなく切なくて、何度も何度も彼の名前を呼んだ。高く掲げた下半身からは、闇雲に引っかき回す指の立てる水音がくちゃくちゃと、信じられないほどはしたない。羞恥の赤面は、彼の匂いをめい一杯吸い込むことで、陶酔の上せにすり替わる。
震える膝を叱咤して何とかずり上がり、彼の喉元に唇で触れる。盛大な鬱血が残ったこと、何よりも低く上がった呻きが、とてつもない希望となる。有頂天になり、俺は精一杯首を伸ばし、今度は彼の唇に唇を重ねた。
「エディ」
煩わしげな呟きごと飲み込むよう、薄く開かれた彼の口に舌を忍び入れ、ぺろりと唇との境界線を舐める。白雪姫の王子は、美しい姫君に舌を入れたんだろうか。もしそうだとしたら、全くクソだ。マーロンが以前言っていた話だと、ディズニーのあの映画のヒロインは、14歳という設定らしい。とんだペド野郎! それともあの王子も、実は16歳くらいだったりするのだろうか?
少なくともその時の俺は、14歳のガキ並の必死さと拙さで、マーロンにキスをしていた。マーロンも頭がしっかりしてきたら、応えてくれた。
後ろ手で軽く扱いてやったら、彼のものはすぐに勃起した。上に乗って、と言われたので喜んで腰を落とした。対面座位はいい。彼が疲れている時でも俺が主導できるし、ずっと抱き合っていられる。うっかりはしゃいで跳ね過ぎ、彼の脚に痣を作る真似さえしなければ。
短くも激しく、満足の行くセックス。彼の髪をくしゃくしゃに掻き乱し、唇の感覚が無くなるほどキスを繰り返した。お陰でミズ・ベルナベウが部屋の扉をノックした時、マーロンは笑ってしまうほどのヘロヘロした声で「そうじはリビングだけで」と叫び返した。俺は実際に笑い声を上げてしまったから、仕返しに身体をひっくり返され、真上からガンガンと杭でも打ち込むように身体の中を突かれた。立て続けのドライ・オーガズムに、本当に息が止まりかけた。
マーロンに軽く頬を叩かれるまで、自らが周囲の刺激に反応出来なくなっていることすら気付かなかった。彼は俺の目を真っ直ぐ見つめて言った。
「信じられないな。こんな誰もが羨む男前が、このベッドで寝てるなんて」
例え信じられなくても、俺達はお互いにとって運命なのだ。いつまでも幸せに暮らしました、めでたしめでたし、で終わる必要がある、とても偉大な運命。
それにしても、彼の調子の悪い傾向が一時的なものでとても良かった。きっと自律神経の乱れによるものなのだろう。
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