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第一章・5

 普通の身振りができるようになった真輝は、携帯を取り出して電話を掛けた。 「至急、車を頼む。テーラーの近くの……」  そこで真輝は、この店の名前すら知らないことに気が付いた。  さっきまで、とてもそんな余裕は無かったのだ。 「カフェ・せせらぎ、です」  そこで沙穂が、すばやく教えてくれた。 (本当に気が利く、いい子だ)  そんな風に心の中で感心しながら、真輝は電話を終えた。 「もうすぐ、迎えの者が来る。白洲くんには、世話をかけたな」 「いいえ。ご気分が良くなられて、安心しました」  伝票には、お茶代として450円、とある。 (何て安い茶だ!)  富豪である真輝の口には、生涯入りそうにない、安いハーブティー。  しかし、そのお茶に救われたのは事実なのだ。  真輝は札入れから、一万円を抜いた。 「お釣りをお持ちします」 「いや、釣りは要らない。マスターへの感謝のしるしだ」  それはいけません、とレジに走る沙穂の背中に、真輝は重ねて声をかけた。 「ここに、君へのチップも置いておく」  そんなお金は受け取れません、と釣銭を手に慌てて戻ってきた沙穂だ。  だがそこには、すでに真輝の姿はなく、代わりにオーストリッチの長財布が置かれていた。

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