5 / 98
第一章・5
普通の身振りができるようになった真輝は、携帯を取り出して電話を掛けた。
「至急、車を頼む。テーラーの近くの……」
そこで真輝は、この店の名前すら知らないことに気が付いた。
さっきまで、とてもそんな余裕は無かったのだ。
「カフェ・せせらぎ、です」
そこで沙穂が、すばやく教えてくれた。
(本当に気が利く、いい子だ)
そんな風に心の中で感心しながら、真輝は電話を終えた。
「もうすぐ、迎えの者が来る。白洲くんには、世話をかけたな」
「いいえ。ご気分が良くなられて、安心しました」
伝票には、お茶代として450円、とある。
(何て安い茶だ!)
富豪である真輝の口には、生涯入りそうにない、安いハーブティー。
しかし、そのお茶に救われたのは事実なのだ。
真輝は札入れから、一万円を抜いた。
「お釣りをお持ちします」
「いや、釣りは要らない。マスターへの感謝のしるしだ」
それはいけません、とレジに走る沙穂の背中に、真輝は重ねて声をかけた。
「ここに、君へのチップも置いておく」
そんなお金は受け取れません、と釣銭を手に慌てて戻ってきた沙穂だ。
だがそこには、すでに真輝の姿はなく、代わりにオーストリッチの長財布が置かれていた。
ともだちにシェアしよう!