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第五章・7
しかし、真輝は一向に部屋から立ち去る気配がない。
立ったり座ったり。
何か言おうとして、やめたり。
挙動不審な真輝だったが、ついに小さな咳をひとつ。
(全く鈍感な子だ! まぁ、そこも可愛いのだが)
降参して、真輝は自分から沙穂におねだりをした。
「お休みのキスを、してくれないか?」
「はい」
はにかみながら、沙穂は真輝にキスをした。
初めての、自分から相手に贈るキスだった。
「ありがとう」
「真輝さん。今、ありがとう、って……!」
君の言霊が効いてきたようだ、と真輝は笑った。
「明日は乗馬をしよう。楽しみにしていてくれ」
「はい!」
真輝が部屋から去り、沙穂は頬を染めベッドに潜った。
「運命、か」
お父さん、お母さん。
僕は、真輝さんについて行ってもいいのかな。
身分違いの恋は、許されるのかな。
不安はあったが、口元には笑みがあった。
明日を楽しみにする、希望があった。
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