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第八章・7

「白洲さまと真輝さまの間に、愛情が芽生えておられるのは、この武井も重々承知しております。ですが」  ですが、お二人の身分は、あまりにも違い過ぎる。  そう、武井は訴えた。 「お願いします。真輝さまのことを想っておられるのなら、身を引いてくださいませんか!」 「……解りました」  口の中で舌先を噛み、沙穂はうなずいた。  後は、どこをどうして帰ったのか解らない。  着の身着のまま、車に乗って。  呆然としたまま、アパートに着いて。 「そして今僕は、ここにぽつんと独りで座っています」  沙穂は、独り言を口にした。  涙をこぼすまいと噛んでいた舌先が、痛い。 「お別れも言えなかった。真輝さん」  ぽろり、と大粒の涙がこぼれた。  後から後から、湧いて出た。 「うっ、く。うぅ、う。あぁ、ぅああ……」  身につけたフォーマルスーツからは、まだ源邸の香りがした。  残り香が、嫌でも真輝を思い出させた。 「真輝さん。真輝さん、真輝さん、ま、さ……、き……」  冷たい床にうずくまり、沙穂は泣いた。  泣いて泣いて、そのまま眠ってしまった。

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