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第九章・3

「10日間もお休みいただいてしまって、すみませんでした」  沙穂は、カフェのマスターに頭を下げた。 「いいんだよ。源さまに引き留められたんなら、仕方がない」 「素敵な思い出が、できました」 (その割には、元気が無いな)  マスターは、沙穂を案じた。  心なしか、瞼も腫れている。 (そういう時は、無心で働くに限る) 「じゃあ、さっそく店内を掃除して。オープンまで、時間がないよ」 「はい」  モップで床をていねいに磨いていくうちに、沙穂はウェイターとしての自分を取り戻していった。 (これが、僕。本来の姿なんだ)  床を磨き、窓を拭き、テーブルを整える頃には、体はすっかり勘を取り戻していた。  でも、心は。 (真輝さん、迎えに来てくれないかな)  あのドアベルを鳴らして扉を開き、大きなバラの花束を持って。 『沙穂、帰るぞ』  そう言って、僕をまたさらっていってくれないかな。 「白洲くん、大丈夫?」 「あ、はい! すみません!」  心配そうなマスターの顔が、そこにある。 「調子悪いなら、少し奥で休んでていいよ?」 「大丈夫です」  そこへ、ドアベルの音が鳴った。

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