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第九章・6

「倉木さんは、ご自分で運転なさるんですね」 「運転は楽しいよ。運転手に任せてる奴の、気が知れない」  その意見には、沙穂はムッと来た。  真輝を馬鹿にされている気がしたのだ。 「運転手さんは、運転のプロですから。命を任せても、大丈夫なんです」 「はっはは! 言うねぇ、沙穂くんは!」  車はやがて星の付いたホテルに停まり、二人は見晴らしのいい展望レストランへ入った。 「フレンチは好き? 勝手に予約しちゃってたけど」 「好き嫌いはありません」  ちょっぴりツンな沙穂の態度に、郷は余計にそそられた。 (この俺を相手に、対等にふるまうとはね。一般人のΩくん) 「ここだけの話だが。クラキグループは、飲食業界にも打って出ようとしてるんだ。お洒落なカフェの、チェーン店」  その言葉に、沙穂は眉をひそめた。  カフェのチェーン店が増えると、『せせらぎ』のような純喫茶は苦戦を強いられる。  だが次の一言に、沙穂の心は大きく揺さぶられた。 「その一店舗、沙穂くんに任せてもいいんだけど?」  食事の手を止め、沙穂は郷を見た。 「どういう意味ですか」 「沙穂くんを、店長にしてあげる、ってことさ」  君が、カフェのオーナーになるんだ。 「いい話だろ?」  郷の言葉は、悪魔のささやきにも似ていた。

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