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第十章・6
『武井が早まって君を屋敷から出したことは、謝るよ。申し訳ない』
「そんな。謝るだなんて」
『車で迎えに行きたいんだ。今、どこにいる? 一緒に帰ろう』
「……ごめんなさい、真輝さん。僕は、お屋敷へは戻れません」
『なぜだ。何かあったのか?」
「僕は、真輝さんを裏切ってしまいました。穢れてしまいました」
『どういう意味だ、沙穂。応えてくれ、沙穂!?』
それきり、沙穂は通話を切った。
「ダメ。とても会えない」
会わせる顔が無い。
真っ赤に泣きはらした目をこすり、沙穂はゆらりと立ち上がった。
「帰ろう。アパートへ」
電車に乗り、誰もいない冷たいアパートへ沙穂は帰った。
自分の部屋の匂いを嗅ぐと、どっと涙が湧いてきた。
「……い。ごめんなさい。ごめんなさい、真輝さん!」
日は夕刻に近づき、部屋の中に沙穂の影を落としていた。
べっとりと黒い、影だった。
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