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第十一章・3

 パーティーで出会った、倉木 郷という男のこと。  その郷が、カフェ・せせらぎへ自分を訪ねて来たこと。  食事に誘われ、ホテルへ行ったこと。  お金の話に動かされ、部屋まで入ってしまったこと。 「そこで、僕は……。彼に、犯され……」 「もういい。何も言わなくていい」  真輝は、沙穂を優しく抱いた。  泣きじゃくる沙穂の髪を撫で、なだめた。 「事故に遭ったようなものだ。沙穂は、何も悪くない」 「でも。でも、僕。ぅう、あぁあ……」 「眠ろう、沙穂。眠って、記憶にフィルターを掛けるんだ」 「真輝さん」 「安心して。私が、ずっと傍に付いていてあげる」  その言葉に、沙穂は顔を上げた。 「ホントですか?」 「ああ。今夜は、沙穂の部屋に泊めてもらおう」  すぐに真輝は、携帯を出した。 「武井か、私だ。今夜は屋敷へは戻らない」 『そんな突然に。すでに夕餉の仕度はできておりますぞ』 「いや、そうだな。10日間は帰らないので、そのつもりで」 『ご執務はどうなさるのですか!?』 「今はノートパソコン一台で、どこででも仕事ができる時代だよ」 『明後日は、森永子爵さまと会食のご予定が!』 「適当に、ずる休みの言い訳を頼む」  携帯の通話を切り、真輝さま、と叫ぶ武井の声は、途絶えた。

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