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第十二章・5

 カフェ・せせらぎの開店時刻ぴったりに、再び郷は現れた。 「昨日はどうしたの? ホテルに帰ったら消えてて、びっくりしたよ」  まるで罪の意識のない、郷の言葉だ。  沙穂は、込み上げる吐き気をこらえながら、必死で口を動かした。 「もう、用はありませんでしたから」 「お金持ちに、なりたくないのか?」 「なりたい、です。でも、あなたのペットになってまで、お金は欲しくありません」  それに、と沙穂は歯を食いしばった。 「僕には、ちゃんとした恋人がいるんです」 「パーティーの夜に、屋敷から追い出す恋人、か」  それは違う、とカウンターから声がした。  真輝だ。 「それは執事のフライングだ。私は彼を追い出したりは、しない」 「俺も執事と同じ意見だ。あなたと沙穂は、身分が違い過ぎるよ。御曹司さま」 「口を慎め、成金」 「そちらこそ」  成金、と言われムッと来た郷は、沙穂の手首をつかんだ。 「とにかく、この子は。沙穂はいただくよ。成金相手なら、一般人も気が楽だろう?」 「そうはいかない」  そこで、真輝は一枚の書類を突き出した。

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