80 / 98

第十二章・7

 それでも郷は、食い下がった。  彼は彼なりに、沙穂が惜しくて仕方がないのだ。 「沙穂は昨日、俺に抱かれたんだぞ。それでも美しい心の持ち主といえるのか?」 「狂犬に噛まれたようなものだ。沙穂に非はない」 「拡散するぞ。源 真輝の婚約者は、俺と寝た子だ、と」 「それくらいで私の心が、揺らぐとでも思っているのか?」  哀れな男だ、とどこまでも真輝の方が格上だ。 「沙穂はどうなんだ? さっきから黙ってるけど」  郷は、沙穂を見た。  そして、悟った。 (これは、横やり入れられるような仲じゃない、か)  沙穂の瞳には、きれいな涙がたたえられていたのだ。  郷のことなど、眼中になかった。 「真輝さん、本当に僕をパートナーにしてくれるんですか?」 「君が嫌だと言ったら、私は生涯独身を貫くよ」 「武井さんが、悲しむかもしれません」 「武井も、愚か者ではない。私の本気を感じたら、ちゃんと祝福してくれる」  真輝さん、と沙穂は彼の胸に飛び込んだ。

ともだちにシェアしよう!