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第十二章・7
それでも郷は、食い下がった。
彼は彼なりに、沙穂が惜しくて仕方がないのだ。
「沙穂は昨日、俺に抱かれたんだぞ。それでも美しい心の持ち主といえるのか?」
「狂犬に噛まれたようなものだ。沙穂に非はない」
「拡散するぞ。源 真輝の婚約者は、俺と寝た子だ、と」
「それくらいで私の心が、揺らぐとでも思っているのか?」
哀れな男だ、とどこまでも真輝の方が格上だ。
「沙穂はどうなんだ? さっきから黙ってるけど」
郷は、沙穂を見た。
そして、悟った。
(これは、横やり入れられるような仲じゃない、か)
沙穂の瞳には、きれいな涙がたたえられていたのだ。
郷のことなど、眼中になかった。
「真輝さん、本当に僕をパートナーにしてくれるんですか?」
「君が嫌だと言ったら、私は生涯独身を貫くよ」
「武井さんが、悲しむかもしれません」
「武井も、愚か者ではない。私の本気を感じたら、ちゃんと祝福してくれる」
真輝さん、と沙穂は彼の胸に飛び込んだ。
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