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第十二章・8
いつの間にか、そっと郷は姿を消していた。
「マスター、倉木はいつ出て行ったのだろう」
「こうやって、出て行かれましたよ」
マスターは軽く両腕を上げて、降参のポーズをとった。
真輝さん、本当に僕を守ってくれた!
「ありがとうございます、真輝さん」
「礼を言うのは、こちらの方だ。突然のプロポーズを受けてくれて、ありがとう」
さて、と真輝は窓際のテーブルに着いてノートパソコンを開いた。
「私はここで、仕事をするよ。沙穂も、がんばるんだ」
「はい」
それにしても、とマスターは真輝に訴えた。
「白洲くんを酷い目に遭わせておきながら、罰があれだけとは少しぬるくありませんかね?」
「彼はプライドの高い男だ。結構ダメージを受けているよ」
それに。
「それに?」
「今から、クラキグループの株を全力で買いにかかる。大株主になって、倉木を代表の座から引きずり降ろしてやる」
怖いな、とマスターは、そっと真輝のテーブルから離れた。
「私には、こうやってコーヒーを淹れていることが性に合ってる」
マスターは香り高いマンデリンを淹れ、沙穂に託した。
「源さまに」
「はい!」
沙穂は、愛しい婚約者の元へ、コーヒーを運んだ。
コーヒーの香りに包まれ、二人は幸せを分かち合った。
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