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あれから
「あのさ、風ってさ…なんか本当にお母さんって感じだよね。」
あの時から一ヶ月ほどが過ぎ、ようやく落ち着きを取り戻しつつある日常、僕たち家族の日々。
そんな時にキッチンで水と夕飯の支度をしていると、いきなりそんな事を告げられた。
「えぇ?!そうかな?」
「うん。雷はまんまお父さんって感じだよね?」
「頑固のつくね!」
「そう、それ!」
そう言った水と顔を見合わせて笑う。
「それで僕がお母さん?」
「風は、そう言う風に思われるの、イヤ?」
いやねぇ…実のところ、考えたこともなかったと言うのが正解。まぁ、イヤと言うわけでもないし…でもお母さんと呼ばれるのはって言うと…ちょっと違和感あるかなぁ?
じっと考え込む僕を水が心配そうに覗き込む。
「風?」
「ん?イヤではないし、ちょっと嬉しいかも?でも、呼ばれるのは微妙かな?」
「風お母さん…微妙って言うかムリ!それに、みたいなだけで風は風だもん!ただね、僕と陸にとっては世界でたった一人の大事で大切なお母さん的存在って事!」
水が何で突然こんな事を言い出したのか、気が付いた。
「ごめんね、水。もう、どこにも行かないから。水達と離れるなんて、絶対に言わないから。ごめんね。」
水の目から涙が溢れ、ポロポロとこぼれ落ちる。
ずっと、あの時からずっと、この事を水は言わないでいた。
でも、それは言わなかったんじゃない。言えなかったんだ。僕の事を思って、あの出来事を僕が思い出さないようにと気を遣って…
「ごめんね、水。ごめん。」
腕を回して抱き寄せると、もう僕と同じくらいの身長に驚く。
いつの間にか身長も追い越され、二人は僕らの元を飛び出していくんだろうな…嬉しくもあり、寂しくもあり…でも、僕には大きくて大甘えん坊な息子が一人いるから…寂しくはならないか。
クスッと笑う僕を水が不思議そうに見る。
「風、どうしたの?」
「ふふ。水も大きくなったんだなぁって。その内、二人共僕達から飛び立っていくんだろうけど、僕には雷って言う大甘えん坊な息子がいるし、二人がいなくなったら雷はもっともっと甘えん坊になって、大変だなぁって、考えてたの。」
すると水が僕をぎゅっと抱きしめた。
思っていた以上の力で抱きしめられ、少しドキッとする。
「僕も陸もどこにも行かないから!僕達は絶対に風と雷から離れない!風もそんな事考えないでよ!」
あんな事があった後なんだから、こう言う話に敏感になってるとわかっていながら…
「ごめんね、水。そうだよね、僕が悪かった。もう、言わないし考えないから、泣かないで?」
「あぁ!水ばかりずるい!俺も、風に抱きしめてもらいたい!」
「ふざけるな!風は俺のもんなの!こら、水もさっさと離れろ!」
雷と陸が、釣ってきた魚を持って帰って来た。
「水、やっぱり二人がいないと僕一人じゃ雷の面倒はムリそうだよ。」
溜息混じりに水に囁く。
「でしょ?雷の機嫌が悪くならない内に、魚の用意をして来るね!」
そう言って、手伝ってと嫌がる陸の腕を引っ張って水が魚と共に家から出ていった。
「お帰り、雷。いつもありがとう。」
少しむすっとしている雷の頬に、背伸びして唇で触れる瞬間、雷の唇が僕の唇を奪った。
「雷、ダメだよ…んっ。」
唇を離さずに雷に抗議の声を上げるも、舌を絡められ甘い声が出てしまう。
「んんっ…ら…いぃ…んっ…はぁ…」
ようやく唇が離れるが、その時にはもう僕の体からは力が抜け、雷の体に寄りかかっても立っているのが難しくなっていた。
「なあ、何を話していたんだ?」
雷がお腹に響く低い声で囁く。
僕がこの声を聞くと身震いするほど感じてしまうと知っていながら、しかも僕の敏感な耳をわざと頭から引っ張り出して、その先っぽをさすりながら囁くなんて!
「ら…いぃ…やだ…やめて…あぁっ!だ…めぇってばぁ…」
自分でも恥ずかしくなるくらいに、甘くてしたったらずな声。
でも、まだ夕飯の準備中で、すぐにでも水と陸が戻って来てしまうってわかっているはずなのに、何で雷はこんな事?
「なぁ、何を話してたんだ?」
ズクンと下半身が疼く。
「みんなと離れない…って、話…だよ。」
雷の体をぎゅっと掴んで、その波と快楽に流されそうになる感情を持ち堪えさせる。
「それだけか?」
びくんと身体が跳ねる。
雷の声が明らかに変わった。逆らえない王者の響き。
支配者のそれに声に敏感な僕の身体はもう動く事もできない。
「それだけ…です。もう、これ以上は…雷、お願い。」
ガクガクと震える膝。
今にも崩れ落ちそうな身体を、ぶるぶると震える腕が雷の体を掴んでようやく立っている。
「お前、俺に愛される資格がないとか、あいつの元に残るとか言ったんだってな?」
今、このタイミングで、それを言い出すの?
二人がすぐに戻って来ちゃうのに、そんな事を話し出したら雷の怒りが爆発してしまう。
雷は怒りによって感情が制御できなくなると、狼化が進み人の姿を保てなくなってしまう。
雷の怒りを落ち着かせる為に、性欲に変換して僕が受け入れて来た。
その怒りが大きければ大きいほど、やはり長く激しくなってしまう。だから、水と陸が寝てからや二人が長時間留守の時を見計らってと言うのが二人の間の暗黙のルールになっていたはずなのに…。
「おい、言ったんだろう?俺が迎えに行ったのに帰らないって駄々こねやがったしな。」
雷の声も言葉にも今にも噛みつかれそうなほどの怒りが満ちている。
さっさとこの話を終わらせないと…
焦る心を隠して、雷が落ち着くように話し出す。
「それはあの時が特殊な状況だったから…もう今は違うよ。僕には皆とのこの暮らしが大事だってわかってたのにね…ごめんね、雷。」
「じゃあ、やっぱり言ったんだな?俺よりもあいつの元に残るって…」
「それは、あんな事があって、もう雷の顔も見られないって思い込んじゃったから…だけどそれは違うって雷が言ってくれたし、僕を受け入れてくれたから…」
焦らないように、雷の心を逆撫でないようにと細心の注意を払って言葉を紡ぐ。
「あんな事…」
「うん。動けなくされていたとしても、雷以外にあんな事をされてパニくっていたんだと思う。だから…」
雷の腕が僕の腰をぐっと掴み、自分の下半身に擦り付ける。
「雷!ダメだよ。二人が帰って来ちゃう!」
その腕から逃げようと身体を捩るが、狼と兎では力の差が歴然、全く動くことができない。
「どんな事をされたんだ?」
「…どんな…って…?」
「あの時、どんな事をされたんだって聞いてる。俺の元に戻れないほどの何をされたんだ?」
「そんな事…言いたくない!」
あの時の事は未だにふとした拍子に思い出す。
その度にどうにもならないほどのいたたまれない気持ちでいっぱいになる。
そんなずっと抱え込んで我慢している僕の気持ちも知らないで…
「俺に言えないような事をされたのか?俺がしないような事をあいつはしたのか?あいつはどんな風にお前に触れ、お前を感じさせ、イかせたんだ?言えよ、風!」
「イヤだ!あの時の事は言いたくない!雷の命令でも言えない、言わない!今でも…僕は…」
「思い出す、か?思い出して、俺の顔も見られず、苦しい思いをしている…か?」
僕の言いたくても言えなかった言葉を雷が代わりに口に出している。
「何…で?」
「気が付かれていないなんて本当に思っていたのか?俺も、いや俺達も見くびられたもんだな。お前が時々、ふと苦しい顔をして、皆の輪からそっと外れていく事に気がつかれていないとでも?そんなわけあるかっ!お前の苦しい顔を見ないように、気が付かないようにしている俺達の気持ちをお前は知っていたか?」
「もうやめてよ、雷!」
扉がバタンと開いて、水と陸が走り込んでくる。
「もう、やめてあげてよ!風だって、ずっと苦しんでる。それでも、僕達といる事を選んでくれたんだ。あんな、辛い思いをしたのに…だから、もうやめて!」
「水…」
「陸、水を捕まえておけって言っただろうが?」
雷が水を抱きしめている陸に向かって吠える。
「無理言うなよ!俺だって水と同じ気持ちだし…聞いてて辛過ぎて…」
二人がまるで子供のように抱き合ってわんわんと泣き出した。
「陸!水!」
雷が仕方ないと言うように僕の体を離す。
すぐさま二人に駆け寄り、抱きしめた。
「ごめんね、二人とも…それにありがとう。」
二人が僕に抱きつき、僕の体が後ろに倒れそうになる。
「お前ら、風に怪我させるな!」
雷の体が僕の体ごと三人分の体重を受け止める。
「雷、ありがとう。」
雷の顔を見ると、後でと唇が動く。
やっぱり、有耶無耶にさせてくれないのか…
雷の優しさに静かに頷いた。
ずっと一人だけで抱え込んでいたと思っていたのに、皆にずっと心配をかけていた。
その抱え込んでいるものを僕から解き放とうとしているんだろうな…でも、それは言えないよ、雷。された事を言えだなんて、無理だよ。聞いたら雷が僕を抱けなくなるかもしれない。愛してくれなくなるかもしれない。そんな怖ろしい事を考えるのもイヤだ。だから絶対に言えない。
泣きそうになる気持ちを顔をぐいっと上げて、我慢する。
「風、お前がやられた事、水から聞いてるからな…嘘ついても無駄だからな。」
雷の言葉に驚いて、振り返る。
「そ…んな…嘘…だ。聞いて…たら、雷が僕を…愛してくれる…わけ…ない…」
雷が水と陸を僕から離す。
「やっぱり、そんな馬鹿げたことをずっと心配してたのか…だから、俺がお前を手放すわけないし、俺の怒りを受け止めてくれるのはお前だけなんだよ。むしろ、お前がいなくなって困るのは俺の方だ。本当に馬鹿だな、風は。それに、そんな事がなくても、俺が愛し、抱きたいと思うのはお前だけだよ、風。」
僕をくるっと自分に向き直させると、あぐらをかいた上に乗せる。
「俺があんな事でお前を愛さなくなるとか、抱きたくなくなるとか、俺を馬鹿にしてるのか?だったら、今夜はじっくりとわからせてやらないとな。俺の愛がそんな浅いもんじゃねぇって事をな。」
そうして、涙でぐちゃぐちゃになった僕の顔を両手でぐいっと拭いた。
その手はそのままで僕の顔を自分に引き寄せ唇を合わせる。
大声を出して、泣いて、キスされて、呼吸が苦しくて、でも気持ちよくて…フワーッとしたままされるがまま雷のキスを受け入れていた。
舌が入れられ、クチュクチュという音が聞こえ出すと、僕の下半身が反応して腰が動く。
「んん…雷ぃ。」
甘えた声を出すと、わかったというように頷いた雷が僕を抱えたままで立ち上がる。
そのまま唇は離さず、部屋を出て寝室に向かった。
どさっとベッドに寝かされ、雷の首に手を回す。
ぐっと抱き寄せると、雷が僕の唇を食べてしまうかのように覆って来た。
「雷ぃ、好き…好きだよ…愛してる…雷ぃ。」
うわ言のように繰り返す僕に、雷も同じように応えてくれる。
何度も何度も雷を受け入れ、絶頂を迎え、二人の体液が混ざり合ってとろけ合ってしまうかのように僕達も抱きしめ合った。
もう、この腕の中で安心して抱かれていられる。雷の腕の中で愛され、抱かれ、僕はこの腕の中でこれからの一生を過ごしていく。雷、愛してるよ、雷。
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