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喧嘩

いつもの朝、僕の横で憎たらしい位に気持ち良さそうに寝る陸の鼻をむぎゅっと思い切りつねった。 いや、つねった上にねじ曲げた。 「いっっってぇええええええええ!」 突然の鼻への奇襲に、陸が飛び起きて大声を上げる。 それを全く無視してベッドから降りると、黙ってさっさと着替え出した。 廊下から陸の大声に驚いた2人のこちらに向かってやって来る足音が聞こえてきた。 ノックもなく突然に開くドア。バタンと大きな音を立たせ、壊れてしまいそうなほどにミシッと軋んだ。 下着一枚の姿で振り向くと扉に突っ立っている2人を見て、「何?」とわざとらしく何事もないように尋ねる。 「何?ってお前、あんなでかい声が聞こえて来たら何が起きたのか確認するのが普通だろう?それで、あんな大声を出させるほどに鼻をつまんだのは何でだ、水?」 「何で僕がやったって言えるの?陸が勝手に鼻をぶつけただけかもしれないでしょ?そうやって、勝手に思い込んで僕を悪者扱いしないでくれる?」 ふんと鼻を鳴らして、着替え終わった僕が扉の横でじっと僕と陸との事を見ている風の横を足速に通り過ぎる。 スッと手が伸びて、僕の腕を風が掴んだ。 「何するの?」 「僕と少し外に行こう?」 僕の返事を聞く前に風はもう玄関に向かって歩くのをイヤイヤながらもついて行きながら、雷が陸にこれ位の事で大声出すんじゃねぇと、ゲンコツをお見舞いしているのをザマアミロと心の中で思いながら、それでもちょっとだけ痛そうだったけど大丈夫かな?と言う陸を心配する気持ちがうっすらと顔を出す。それを無理矢理ぐいぐいと心の奥底のさらにまた底の底に押し込めた。 扉を出て、朝の森のひんやりとした空気の中に身を置くと、少しすっきりとした気分になる。 「それで、どうしたの?」 雷が作ってくれた丸太を割っただけのベンチに風が座りながら、僕の手を引っ張って一緒に座るように促す。 仕方なく隣に腰掛けるが、顔は風とは逆方向に向けた。 「ねぇ、水。陸が何か嫌なことをしたの?もしかして、その…夜の事で…」 風がなんて聞いたらいいのか困ったように言葉を濁す。 「ねぇ、風。風は雷とどんな風にしてるの?」 「え?えぇぇえ?」 風が真っ赤な顔をしてベンチから立ち上がった。 その手をとって、今度は僕が風を座らせる。 「だって、僕も陸もそう言う事をどうするのか見た事もないし…だから、どうするのが普通なのか分からなくて…」 「はぁ?!」 窓がビリビリと震えるような大声が家の中から聞こえてきた。 どうやら、陸も雷に僕と同じ事を聞いたらしい。 僕が鼻をつまんだ理由が昨夜の喧嘩が原因だろうと言う事は陸も分かっているだろうし。 そっと家の方を見ると、陸が僕の方を指でさして、雷に何かを訴えているのが見えた。 雷がこちらを見そうになったので、視線が合わないようにさっと下を向く。 風には何でも、こう言う事も言えるけれど、雷には言えないし、言いたくない。 陸は雷に言えちゃうんだなぁと思いながら、そっと家の中を盗み見たが、その時にはもう雷と陸の姿は部屋の中には見当たらなかった。と、バタンとさっき位の乱暴さで玄関の扉が開いて、雷が陸を肩に乗っけてやって来るのが見えた。 「おろせー!おろせってば!おろせよ、おろせーーーー!!」 ほらよと雷が陸をポンと地面に落っことした。 「いってぇぇええええ!!」 お尻から落ちた陸が大声を出す。喧嘩中とか色々と考えるより先に体が動き、陸に駆け寄り体を抱き起す。 「大丈夫?」 「大丈夫じゃないけど…水が心配してくれたから大丈夫になった!」 そう言って陸が僕に抱きつく。 「オラ、離れろ!」 雷が陸を僕からひっぺがすと、風の方を向いてどうする?と、首を傾げた。 「ど…どうするって…雷…何をする気?!」 雷の口端が上がり、舌で唇を舐めた。それを見た風が青ざめた顔で、雷を刺激しないようにゆっくりと立ち上がる。 瞬間、風が黒いうさぎに変わり脱ぎ捨てた服の中から長い耳をぴょこんと出すと一目散に駆け出した。 「久しぶりの本気の追いかけっこか…捕まえてやるよ…風。」 雷が陸の体を再び放り投げると、いつもは隠れている鋭い牙が顔を出し、瞳が妖しく光った。 いつもの銀色ではない、あの時に初めて見た金のいつもよりも大きな狼の姿になった雷が、まるでスタートの合図のように一声鳴くと、風のように駆け出して行った。 呆然としてその体が森の木々の中に消えて行くのを見つめていたままでいたが、その意識が戻る前に、風の声が森の中から聞こえて来た。 「やめて、雷。ごめんなさい、許して…雷!やだってばぁ!」 兎の風が狼の雷の口に咥えられて家の前まで来ると、洋服の中に落とされる。中でゴソゴソと服が動き、風が服を着て人の姿に戻った。そのまま、駆け出しそうになるのを、裸体のままの雷が胸のあたりに手を伸ばすと、そのまま倒すように抱き上げて嫌がって手足をばたつかせる風を無視して家の中に入る。 「おい!お前らも来い!」 雷の大きな掛け声に飛び上がるように頷いて、二人で家に向かって駆け出した。

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