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風の嘘–2
翌朝、行ってくると言う雷の声が聞こえてガバッと起きあがると、パンツをなんとか転ばずにはいてそのまま扉を開けて廊下に出た。
ちょうど玄関の扉を風が閉めるところで、ちょっと待ってと風の横を駆け足で通り過ぎ、閉まり切る直前の扉の隙間を縫うようにして外に出た。
俺の背中で扉の閉まる音がすると、雷が何やってんだ?と驚いたような顔をして声をかけて来た。
「雷、今日はどこに行くの?」
「今日か?今日は一応の見回りと肉の調達。風は食べないけれど、俺とお前達は…特にお前達には食わせないとな、肉。」
そう言って、にかっと笑うと俺の頭をくしゃっと雑に撫でる。
「子供じゃねえんだから、こういうのやめろよな!」
そう言いながらも、撫でられるのはやっぱり気持ちが良い。
そんな俺の気持ちが分かっているのか、雷もそうか?と言いながらもやめる気配はない。
「俺も、猟について行きたい!前は行かせてくれたじゃん!」
そう言って、雷の顔を覗き込む。雷は撫でていた手を引っ込めると、自分の頭をぽりぽりと掻きながらそれなんだけどなぁと口籠った。
「何だよ?言いたい事があるならはっきり言えよ!」
俺が噛みつきそうな勢いで言うと、雷がまいったなというような顔をして、家の中を覗き込んだ。すぐにこちらを向くとばっと俺の手をつかんで家から離れた場所に向かって歩き出した。
「どうしたんだよ?」
雷が立ち止まり、漸く俺の手を離すと尋ねた。
俺の疑問に、顔を空に向けて唸り声をだし、そのうち俺の顔を見てため息を吐くと仕方ないと言う顔で話し出した。
「風が嫌がるんだよ。お前を猟に連れて行くのを。水と木の実採りに行ってもらうからって言う口実でさ、お前を行かせようとしないんだわ。」
「え?それって俺がまだガキだから、危ないって事?でも最近は釣りにも行ってないよ、俺。」
前はよく雷と一緒に釣りに行っていた。しかし、ここ最近は全く声がかからず、雷が一人で魚も取ってくる。
これは、やっぱり水の言っていた通り、風の行動が怪しい。
でも…と、目の前の雷を見上げる。
雷は俺たち獣人族の狼の血統である銀狼の王の子。しかも、一世代に一人生まれるか生まれないかと言われている金狼だ。
金狼化した雷は見た目も力も俺達とは段違いな代わりに、感情のコントロールが下手くそらしく、そう言うことで銀狼化すると、暴走列車のようになってしまうらしい。それを性欲に変換ってまあエロい事をして発散するらしいけど、それも相当な暴走列車らしく、それを唯一相殺出来る兎の血統である黒兎の風が運命の相手だとかなんとかで、ずっと一緒にラブラブしてやがるってワケだ。
これはやっぱり雷にも言っておいた方がと雷の名を呼ぼうと口を開く直前に、家の扉がばたんと音を鳴らして開き、水が飛び出して来た。
「陸!そんな格好で何やってるの?ほら、これ着て!雷は、行くところあるんでしょ?行ってらっしゃい!ほら、陸も僕と木の実を採りに行くんだから、さっさと支度してよね!」
水の勢いに、雷がじゃあなと手を振って森に向かって歩いていく。
それを見送ると、思い出したように水に向き直り抗議の声をあげた。
「なんで邪魔したんだよ?!雷の話を聞いたけど、やっぱり風の様子おかしいって。雷もなんとなくおかしいことに気がついているみたいだし…相談した方がいいんじゃねぇの?」
俺の言葉に水が大きなため息をついて話し始めた。
「まだ、何も分からない状況で雷に話して、感情のコントロールができなくなったらどうするんだよ?僕達じゃ銀狼化した雷を押さえることも、それこそそれを発散させる事もできないんだよ?!」
そう言われてはっと気が付く。
俺って、言われるまで気がつかないなんて…こんなんじゃ…
「これなら陸に相談しなけれ…ば…あっ!」
水の手が自分の口を塞ぐが出てしまった言葉は口の中には戻らない。ましてや聞かなかった事にもできはしない。
「陸…」
水の伸ばした手を寸手で交わし、俺は泣きそうな水の顔を横目にしながら何も言わずに通り過ぎて家に向かって歩き続けた。
バタンと閉まる扉の音を聞いたのか風がキッチンからご飯できてるよと声をかけて来る。
その優しくて暖かい風の声を聞いた瞬間、俺は廊下を走ってキッチンに続く扉を開けると風に抱きついた。
ふわっとかおる風が作るご飯の匂い。俺達の、いや俺の母親と言ってもいい風が俺達を残してどこかへ行こうとしている?
嫌だ!そんなの許せない!!俺は風をどこにも行かせたりしない!
俺の鼓動が高鳴り、身体中の全てが心臓になってしまったかのようにどくどくと脈打つ音だけがこの世界の音のようになっていく。
風が俺の顔を見て青ざめて何かを言っているみたいだけれど、もう何も聞こえない。
俺は、風をどこにも行かせない!風がたとえこの家から出たいといっても、俺は許さない!
「風!何処にも行かせない!!ここで、ずっと俺達といよう。ねぇ?」
ギュッと握った腕を必死に離そうとする風の目から涙がこぼれ落ち、俺から顔を背けて何か叫んでる。
そんな風の口を手で塞ぐと、風が必死に暴れて俺の手を引っ掻いた。
「だめだよ、風。俺は風とも雷とも、もちろん水ともずっと一緒にいたいんだ。だからそんな風に怯えた目で俺を見ないで。大きな声で叫ばないで…じゃないと、俺もっと酷いことをしなくちゃいけなくなる。だから、静かにして?」
風の手が弱々しくだらんと垂れ下がると同時に大声で叫びながら雷が部屋に駆け込んで来た。
雷、大丈夫だよ。俺がちゃんと風を引き止めて置いたから。
その横で水が雷の背中に隠れるようにして泣きながら突っ立っている。
水に手を伸ばすと、風の体がどさっと音を立てて床に倒れた。
「水、俺に言わなきゃ良かったなんて言わないで?俺がちゃんと風を引き止めておいたんだからさ。ね?俺、役に立つでしょ?」
「い…っやああああああああ!!!」
水の叫び声と俺を突き飛ばして風の名を叫びながらその身体を抱き上げ揺さぶる雷。
ナンデミンナ泣イテルノ?
その真ん中で俺は満足したように微笑みながら床に倒れ込みながら意識を失った。
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