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水の不満−5
コン…コン…コン…
いつもは乱暴に開ける扉の向こうで、どんな顔をしてノックをしているんだろう?
そんな意地悪なことを考えながら、自分の部屋なんだから入れば?と扉に向かって答える。
ゆっくりと静かに開いた扉、それでもまだ一歩踏み入れられずに陸が俯いたままで廊下に立っている。
「寒いから入ってよ。」
「あぁ、ごめん…」
そう言って転びそうになりながら、部屋に入って扉を閉める。
しかし、陸は動かずに俯いたままで立ち尽くし、動く気配もない。
重く息苦しい時間が流れ、僕は遂にそれに我慢できずにベッドから立ち上がって、陸に近付こうとした。しかし、腰の激痛に足に力が入らず、ベッドから落ちるように床にへたり込んでしまった。
「水!大丈夫?」
陸の不器用な手が僕の体を立ち上がらせてベッドに座らせる。
「ごめんな…俺、もう、水のそばにいる資格ないよな…」
陸の言葉に僕の体が何を言い出すのかと緊張する。
「雷達にも言ったんだ…俺、この家を出て行くよ。」
「何を言ってるの?え?だって、出て行くって…あてなんかないじゃないか?」
陸がベッドから少し離れた椅子に座ると、俯いたままで話し始めた。
「雷も風も同じことを言ったよ。でもさ、考えてみたら、雷だって風を探しに行った時、当てもなく彷徨って風を探し当てたんだろう?だったら、俺もさ…」
「…風みたいな運命の相手を見つけられるって事?」
「え?」
目を丸くする陸の顔。そうか、結局は陸も僕に愛想を尽かしていたんだ…僕のことなんかもう陸の心の中には一欠片もいないんだ。
なんだ、置いていかれるのは僕の方だったのか…
悲しみと悔しさと辛さが一気に心から溢れ出して、身体中をその波が覆っていく。
「そう、陸は陸の運命の相手を見つけに、僕を忘れてこの家を飛び出して行くってわけだ…いいよ、どこでも行っちゃいなよ!」
痛む腰がなければ、このまま扉から飛び出していけるのに…陸には絶対に見せたくない泣き顔を隠すべく、ベッドに寝転がって布を頭から被った。
「水、何を言っているんだ?俺は誰も探さないし求めていない。だって俺はもう水っていう運命の相手に会っているんだから。他の誰を探すっていうんだよ?」
陸の言葉に顔が赤くなり、鼓動が高鳴る。
「ただ、俺はあまりにも、水を好きすぎて愛しすぎて、時々何も見えなくなるんだ。それが水や皆に迷惑を掛けているから、外に出て揉まれて心も体も強くすればそういうことも少しは自制できるんじゃないかなって思ってさ…」
陸がベッドに近付いて端に座った事がわかる軋み。布の中から手を出してその腰を掴んだ。
「え?水、どうしたの?」
きょとんとした顔の陸の膝に頭を乗せると拗ねたような口調で話しかけた。
「僕を一人でこの部屋に置いて行くつもり?あんなラブラブしている風と雷を毎日見ながら、この部屋で寂しく一人寝をさせるつもり?僕はそんなの嫌だからね!もし陸がいなくなったら、僕は寂しすぎて他の誰かとこういう事しちゃうかもよ?それでも僕を置いて行くの?」
「それは嫌だ!でも、俺…これ以上、皆に、水に迷惑をかけたくないんだ…だから、待っていて欲しい!」
「やだよ!」
即答して陸の膝から頭を下ろすと、陸の体を押し倒す。
「この体も心も僕にちょうだいよ?陸の全てを僕にちょうだい!僕から離れるなんて許さないよ!そんな事したら、僕…狼の村に行って、陸の代わりになりそうな人、探しちゃうからね。」
陸の胸に顔を埋めて話す僕の頭を陸が撫でながら降参と言って笑い出した。
「水は言ったらやるからなぁ。水がいなくなったら、俺はなんのために外に行くのかわかんないし。それにこんな可愛くて優しくて完璧な水が狼の村に行ったら、それこそ皆が水に惚れちゃって引く手数多で大喧嘩になりそうだしさ…狼の村の平和のためにも、だからやめる。ずっとここで水と雷と風といっしょにいるよ。」
陸の手が僕を抱きしめて力を込める。ちょっと痛いけれど、それも嬉しい陸の愛情。
「陸、いいよ…」
「でも…」
「陸のここは遠慮してないみたいだけど?それに…ちょっと痛いのも…好き…かも…」
僕の言葉にギラッと光る陸の目。それはまさしくあの夜のオスの顔。
ぞくっと身震いする身体…いい男に育てて見せる…そう、全てを僕好みの…
一から育て直すよ。そう、まずは僕の気持ち良いところをいっぱい教えてあげるからね…
のけぞる背中、痛みと快楽の混じった喘ぎ声を出しながら、僕達はまた一つ成長する。
(終)
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