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結婚式-10

「さて…と。」 部屋に入って扉を閉め、ベッドに風を下ろすと、そのマントの下からくぐり抜けて風を見下ろした。 「どういうことなんだか、説明してくれるよな?」 俺の言葉に風が一瞬ぴくっと眉を動かしたがすぐに甘えたような顔をしながら、俺の下半身に手を伸ばして来た。 「ねぇ。そんな事よりももっといい事しようよ?雷のこれ、リビングに入って来た時から欲しくて欲しくて…こんなすごいのがいつも僕の中に入ってるんだなって思ったら、お尻がうずうずしちゃった…ねぇ、雷ぃ。はやくぅ。」 舌ったらずな声で誘う風の手がぎこちなく、震えているのが分かる。 「そんなぎこちない触り方じゃ、入れる気にはなれねぇな。なぁ、俺が聞いている事は飲んでもいない酒のせいにして隠すほどの事なのか?」 「え?」 風の手が止まり、それまでのホワンとした顔が一瞬で凍りつき、それを隠すように俯いた。 「顔、見せろよ?俺に言えないような事か?違うだろう?俺はお前の夢を叶えてやりたいんだ。だからこんな格好だって、お前のためならいくらでもしてやる。でもな、俺が聞きたいのは他の奴らから聞くお前の気持ちじゃなくて、お前自身のその口から聞く、お前の気持ちなんだよ。ほら、言えよ?」 ぶんぶんと頭を振って、風が自分のマントの中に顔を埋めた。 「あのさぁ、お前が兎の村の風習に則って式をしたいとか、実は王家に伝わる衣装が着たかったとか、それってそんなに言えない事か?俺はそんな事で何か言うような心の狭い男だとお前は思っているのか?」 「違うっ!違うんだ…僕、雷と一緒にいられて幸せで、二人の可愛い息子までできて、今では兎の村からも僕たちのこと認められて…ああやって波が遊びに来てくれたりして…あの時、雷と二人きりで村から逃げた時には考えもしなかったことがこうやって起きてて…それだから僕、これ以上幸せになったら、この分と同じだけの不幸が来るんじゃないかって。だって、幸せと不幸は同じくらい来るって言うから…それだからこんなこと願っちゃダメだって、自分はこれ以上幸せになったらダメだって思ったから…だから言えなかった。」 「はぁ?!なんだ、それ?」 「だって、昔から言うでしょ?幸福と不幸は同じだけ来るって。だから…」 はぁと大きくため息をついてベッドに上がると、風を膝に乗せて抱き締めた。 「こんな衣装を着て式をしたくらいで不幸が来るわけねぇだろう?いいか?俺はお前にはもう幸福しかこねぇって知ってるんだよ!」 え?と涙目で俺を風が見上げる。 その涙を指で拭いながら、俺は話を続けた。 「お前にはもう不幸はこねぇ。俺がお前を家族から引き離し、俺の村では酷い扱いを受け、逃げ続けた結果、お前は俺の村の…いや、俺の弟に捕まってその身体を…すまない。本当にすまなかった。お前の不幸は全てが俺がらみだ。俺さえお前の前に現れなければ…お前は今でも兎の村で誰か愛する人とこの衣装を着て、皆から祝福された盛大な式をしていたはずなんだ。」 俺の言葉に風が違うと叫ぶ。 だが、俺はその口を手で塞ぎ、違わないと続けた。 「俺とお前は出会えばその運命によって離れられなくなる。知らなかったこととは言え、お前のことを探しさえしなければ、お前は今でも…すまなかった。」 「嫌だ!そんなこと言わなでよ!そんな悲しいこと…僕、本当はもう一つ夢があったんだ。」 「この衣装を着る以外にか?」 うんと頷いて風が俺を見上げる。 「僕の村には黒兎と金狼の言い伝えがあるって言ったでしょ?それを聞いてから、僕ずっと待っていたんだ。僕だけの金狼を。」 「風…」 「数世代前の黒兎の時に金狼が訪ねて以来、雷が来るまでずっと村に金狼は訪ねて来なかった。だから、その間の黒兎達は金狼には出会えなかったんだ。僕たちは元々が弱い存在。自分達から金狼の村に行くなんて、そんなのまるで自分から食べてくださいって獲物がいくようなもんだもん。だから、黒兎は待つだけ。いつ金狼が来てもいいように、一生待ち続けるんだ、一人きりで…」 「え?嘘だろう?そんな話、聞いていないぞ。」 驚きすぎて目を見開く俺に風が微笑んだ。 「金狼と出会えた黒兎は言えなかったんだよ。僕だってこんな事がなければ言わないでおくつもりだった。だって、聞いちゃったら狼の村にこのことを話しちゃうでしょ?」 「当たり前だ!金狼はすぐに黒兎を迎えに行けって、そんなの言うに決まっているだろう?」 いきり立つ俺とは逆に風が静かに首を振る。 「だから言わなかったんだよ。黒兎はね、付属物なんだ。金狼が生まれなければ生まれることはない、金狼の付属物。そんな黒兎の皆が願う事って何だかわかる?金狼の幸せ。金狼が幸せならそれでいいんだ。黒兎を迎えに来ないっていうことは黒兎がいなくても大丈夫なくらい、金狼を幸せが満たしているってことだから。それが分かっているから、黒兎は満足なんだ。そして黒兎は金狼と共に生まれ金狼と共に死ぬ。その一生を遠く離れていても共にするなんてすごいよね?でもさ、僕はずっと夢見ていたんだ。この衣装を着て式をするよりももっと強く。」 「何を夢見ていたんだ?」 俺の問いかけに風が俺の耳に口を寄せて囁いた。 「雷と出会うこと。僕だけの運命の金狼と出会う事が僕の一番の夢だったんだ。だから、雷が僕の目の前に現れた時、僕の夢は叶ったんだ。一番の幸せが僕を包み込んで愛してくれた…雷っていう金狼がね。」 「風…」 くすっと笑うと、風が俺の胸に体を預けた。 「だから実はずっと願っていたんだよ…僕の金狼が僕以外じゃ満足できなくして下さいって…」 「はぁ?」 「だって、僕じゃなくても満足できたら、その怒りを抑えられたら、僕を探すなんて面倒くさいことしないでしょ?」 そう言われて、風に会う前の自分の状態を思い返す。確かにどんなに性欲を与えられた奴らにぶつけても怒りは抑えられず、俺は何度も暴走して村に迷惑をかけた。それが理由で親父は俺を禁忌を破ってまで黒兎探しの旅に出させたわけだが… 「確かに、満足していれば俺は村から出てもいなかっただろうな。規則もあったし。」 そう言う俺に風が満足そうに目を瞑った。 「だから、僕は目の前に雷が現れた時、一瞬で金狼だって、僕だけの運命の金狼が来たんだって、嬉しくて嬉しくて…」 「でも、逃げたよな?」 俺の言葉に風がだってと俺を見上げる。 「あまりにも格好良くて強そうで…いい匂いでさ。僕、恥ずかしくてどうしたらいいかわからなくなっちゃったんだ。」 「何だそれ?」 「だって、これからこんな格好いい人に抱かれるんだって思ったら、僕…もっといい服を着ていればよかったとか、もっといい出会い方がしたかったとか…色々考えてたら夏に逃げろ!って言われて、訳がわからずに体が勝手に動いて逃げちゃったんだ。」 お前なぁと言いながら風の頭を撫でる。 「分かったよ。村にはこのことは言わない。それが黒兎達の想いなら、俺が勝手にそれをどうこうする話じゃないしな。でも、気持ちが変わったら言えよ?俺としては村に生まれる金狼達を、俺みたいに幸せな金狼にしてやりたいからさ。」 「え?どういう事?」 風が驚いた顔で俺を見上げる。 「俺は風と出会えて、本当に幸福だって事だよ。お前が願ってくれたおかげかは知らないけど、誰とも満足できなかったおかげでお前を探す事ができて、こうやって愛し合えて…もっと早くお前に会いたかったくらいだ。」 風がぎゅっと俺に抱きついた。 「ずるい。雷はいつもずるい。僕がいっぱい考えて我慢していた事を全部、大丈夫にしてくれる。幸せに変えてくれる。本当は僕が雷を幸せにしなきゃいけないのに…僕ばかり雷に幸せにしてもらっている…ずるいよ…」 胸に顔を埋めて隠してもうなじが真っ赤に染まっていく。 それを指でつーっとなぞると、ビクッと風の体が跳ねて赤くなった顔を上げた。 すかさず唇を合わせる。 「んん…らいぃ…」 甘い吐息と俺を呼ぶ可愛い声。 まったく、どっちが幸せをもらってるかって? そんなの俺の方に決まっているだろうが!? 「風、お前に俺がやっている幸せなんてお前が俺にくれてる幸せに比べたらほんのちっぽけなもんだよ。いつだってお前は俺を愛と幸せで包んでくれる。お前だけだ。お前だけが俺をこんな穏やかな気持ちにさせてくれる。ありがとな、風。」 「らいぃ…僕、僕…雷と式をあげたかったんだ。この王家に伝わる衣装も着たかった。それで、雷に褒めてもらいたかったんだ…僕…僕…」 「あぁ、綺麗だよ。風にすごく似合ってる。この世界のどんなものよりも綺麗だ。でも、もっともっと美しい風を見たいな…いいか?」 意味がわかった風が顔を真っ赤にしていいよと頷く。 「俺の、俺だけの風。俺だけの黒兎…愛しているよ。」 囁きながら、俺は風の脇で結んである紐に手をかけた。

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