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運命-2
パタンと扉を閉めて、俺をベッドに促して座らせる。
「何があったの?」
静かに尋ねる風に、言えないと首を振った。
「僕に関わることなんだね?そして、雷がそこまで隠そうとしてるって事は……」
「やめろっ!」
大声に怯む事なく、分かったよと俺に向かって微笑んだ。
「狼の村での事……でしょ?」
「風っ!!」
堪らず、体をへし折りそうなほどに力を入れて風を抱きしめる。
「そ……っかぁ。静に見られていたのか……。でもさ、僕を助けて何かあればそれこそ大惨事だし、仕方がないよ。それにちゃんと雷が助けに来てくれたし。」
ね?と俺の腕の中でニコッと笑顔を見せる風に笑うな!!と大声が出た。
「仕方ないって何だよ?!静なら助けられた。お前をあんな目に合わせずにも済んだ。水だって怖い思いをしなくて済んだんだぞ!?それなのに、お前が仕方ないって……そんなこと言うなっ!!」
俺の言葉に風の体が震えた。
「だったら……だったらなんて言えばいい?助けて欲しかったって言ってそれで何になる?助けてもらえなかったんだよ、助けて……もらえなか……った……」
風の肩が揺れて嗚咽が漏れる。
「悪かった。すまない……」
風の背中をさすりながら謝り続ける。
どれくらいの時間が経っただろうか?ようやく風が俺から体を離そうと身を捩った。
「風?」
問いかけながら風の体に回していた腕を緩める。
「大丈夫。もう、寝よう?」
風が俯いたままで俺から離れようとするのを再び腕に力を入れて抱き締める。
「雷?痛いよ、離して?」
「離さないっ!離せないっ!!」
「雷、やめて……やめてよっ!」
俺の腕の中でもがく風を必死に抱き締める。
「な……んで……あの時は……助けてって言った……のに、来て……くれなか……った……くせに……」
「うん……」
「なん……で、離して……って言って……る、今は……離し……てくれない……?」
「だからだ。離してって言われて、離したら、俺はもっと後悔する。お前が助けて欲しかった時に助けられなかった分、俺はお前から離れはしないって決めたんだ。」
「そんなの……っ!」
「あぁ、そんなのは俺のエゴだ。分かってる。それでも、エゴだとしても、俺はもうこれ以上お前を離して後悔したくないんだ……ごめんな。」
「雷……っ!!雷っ!!らいぃーーーーーっ!!!」
ぎゅっと抱きついた風の叫び。それを受け止めるように必死に抱いた。甘い言葉もないままに、その叫びを俺の口で吸い取った。
抗い、それでも俺を受け入れ、甘い声を上げながら涙が枯れ果てるまで泣き続ける風を一晩中抱き続けた。
「なぁ、運命ってなんなんだろうな?」
鳥の囀りが聞こえ出した頃、俺の胸でようやく落ち着いた風に尋ねた。
「運命?」
「そうだ。俺とお前は運命でこうなった。だったら、お前が俺以外の金狼と先に出会っていたら?」
「きっとその人と行っていたと思う。黒兎にとっては金狼が運命の相手だから。」
「だよな。金狼だったらいいんだもんな。」
風がハッとしたように俺の上で体を起こした。
「それで、あんなにイライラしてたの?」
昨夜の俺のことを思い出した風が目を丸くして俺を見つめる。
「だったら、何だよ?」
不貞腐れたように横を向いた俺に風が吹き出した。
「本当にっ?だって、もう十数年もこうやって一緒にいて……え?まだそんな……っ?」
笑いの止まらない風にうるせーと言って、体を起こして風をベッドに転がした。
「だってさ……もう僕達ってそんな甘い関係って、とうに過ぎたじゃない?それなのに、まだ雷がそんなことで悩んでたなんて……嬉しすぎるよ……」
「え?!」
風の最後の呟きに耳が反応する。
「風?嬉しいのか?!」
「もうっ!恥ずかしいからやめてよ……僕だって考えてた。金狼にとっては黒兎が運命だって。だから、他の黒兎に雷が先に会ってたらって……考えるだけで悔しくて辛くて……」
「風も?」
「うん。でもさ、こうやって雷とだからあった色々なことが、運命っていう結びつきだけだった僕達の関係を変えていったわけだし。家族っていう結びつきにさ。きっと他の相手とだったらまた違った人生だったんだろうけど……でもね、僕はこの雷との人生で良かったって思ってるんだ。」
「あんな事があったのに……か?」
「それでも、雷とだから乗り越えられた。雷がこうやって僕を離さずにいてくれたから。雷が僕を何があっても愛してくれたから。だから、きっと次に命が貰えるなら、その時も雷と一緒に人生を過ごしたい。雷に愛されて、雷に抱かれて、雷と時々は喧嘩して、仲直りして……雷は?」
「決まってるだろ?次だって、誰よりも先にお前を探し出してみせるさ!……これが運命ってことか?俺達だから運命ってことなのか?」
「そうかも!金狼だからとか黒兎だからじゃなくて、僕と雷だから運命だった……うん、きっとそうだよ!!」
抱きしめ合う体の温もりに二人の心すらも溶け合って、俺達はまるで一つになったように心地良い陽の光に包まれて瞼を閉じた。
扉の向こうで聞こえたため息にふっと笑いを漏らした俺に、クスッと同じように笑った風と鼻を擦り合わせながら、今日はもうこのままでいられるなと風をぎゅっと抱き締めると、風もそうだねというように俺を抱きしめたまま、溶け合うように唇を合わせた。
(終
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