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里帰り-7
「その……俺も悪かった。お前のそういう状況を考えなかったわけじゃなかった。ただ、それだけ俺には風が大事だった。」
「雷……」
俺の言葉に風がそっと手を握ってくれる。
「だけどな、お前も俺の気持ちを考えたことがあったか?」
光が唇を噛んで下を向く。
「金狼は偉いとかすごいとか、確かに力も強いし、そこそこ他の奴らよりは頭の回転も早いとは思うが、それ以上に抱えきれない、自分じゃどうにもできない感情の暴走……まるで俺は爆弾なんだよ。一度火がついたら止められない。爆発したら大事な家族だろうが関係なくその手にかける。どうにもできないんだ……」
何か言おうと光が上を向くが、俺と目が合って視線を逸らした。
「それを唯一、まるでただの銀狼だった時のように落ち着かせてくれるのが風だ。俺の運命の黒兎。俺は風と会ってから一度も暴走せず、穏やかな暮らしを手に入れた。風と引き離され、あの頃のようにバケモノみたいな目で見られるのはごめんだ。この先、生まれてくる金狼にも俺と同じような辛い思いはさせたくない。そして大事な家族から引き離されるような事も……だから伝え続けて欲しい。伝説なんかじゃない。伝承として、金狼はその心の安定と家族、村の為に自分の半身である運命の者を探し出す旅に出る事。その種族が何であれ、村はその者を受け入れる事。これを伝え続けて欲しい……頼む。」
シンとした部屋の中、俺の手を風がさっきよりも力を入れて握る。俺もそれに応えるように握り返した。
「……大事……だったのか?」
下を向いたままの光が呟いた。
「俺の事、大事だったのか?離れたくなかったのか?村から出て行きたくなかったのか?」
光が涙を流してソファから降りてこちらに近付いて来る。
風がそっと俺の手を離して俺の背中を押した。
それでも動けない俺の心を動かすように風が俺の背中を押したままで歩く。
「風……」
困った顔で後ろを振り向く俺に、風は行ってと唇を動かした。
「でも……っ!」
どんと背中を強く押されて振り向くと、風と一緒に俺を押す陸と水の顔が見えた。
「大丈夫。雷、行って。」
風の言葉に二人も頷く。
そっと出した一歩。光の泣き顔があの日俺を追いかけてきた顔と被る。あの日も風と逃げることに夢中でこいつを谷底に落としたっけな。
近づく二人の距離。手を伸ばす光。一瞬キラッと太陽の光が反射して何かが煌めいた。
「眩しっ……っ!?」
目が眩んで一瞬光から視線が逸れた瞬間、光の体が俺の胸に当たった……はずだった。すっと離れた光の体にもたれかかっていた俺の体は、支えをなくして床にばたんと大きな音を立てた。熱さが全身を襲う。目の前に見える赤い液体が俺の身に起こったことを伝えていた。
伸ばした手の先に青ざめた風の顔。
「雷ーーーーーーっ!!!」
声が聞こえる、俺を呼ぶ声。
「風っ!?」
水の焦った声と共に俺の胸にとすんと何かが当たる。
閉じかけの目を薄く開けると俺の顔を手でなぞる風の優しい目。
「黒兎の運命は金狼と共に。その生も死も一緒だよ。」
風の囁く声に頷くと、安心したかのように雷は瞼を閉じた。
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