86 / 90

里帰り-8

「光様っ!!」 桐と呼ばれている僕と陸どちらかの父親が大声を出して、雷の弟の光の元に駆け寄る。 「誰か!!医者を!!早く!!」 開け放たれた扉に向かって大声で指示を出し、光の手に握られたナイフを取ろうと、震える光の指を一本一本丁寧に外していく。カランと床に金属の音を立たせてナイフが落ちた瞬間、僕の隣にいた陸の体が動いた。 「ダメ!!陸っ!!」 動かない足を拳骨で叩いて気合いを入れると、陸の体にタックルした。 「くそっ!!離せ!!離せーーーーーっ!!!」 暴れる陸の体を押さえつけている僕を見て、桐がナイフを足で蹴って遠くにやった。 「っざけるな!!雷を返せ!!風を返せ!!俺の、俺と水の家族を返せーーーーっ!!」 悲鳴のような絶叫。その体を抱きしめて僕も泣いた。 扉の外からバタバタと何人もの足音が聞こえてきて部屋に入ってきたと同時に、二人の体を布で包んで数人がかりで持ち上げると、それではと言って部屋を出て行った。 「やだ!!雷と風を連れて行くな!!返せーーーーっ!!」 立ち上がって二人を追おうとする僕達に落ち着きなさいと桐が強い口調で言った。 「大丈夫だから落ち着きなさい。あれは医者だ。雷様達を助ける為に連れて行った。」 ガタガタと震えたままでいる光をソファに座らせ、その体に毛布をかける。 「こいつがっ!!風と水をあんな目にあわせて、許そうとした雷まで刺して!!俺はこいつを許さない!!絶対に、絶対に許さない!!」 今にも殴りかかりそうになっている陸と光の間に体を入れた桐が落ち着きなさいと冷たく言い放った。 「あのナイフでは雷様は死なない。大丈夫だ。金狼はその生命力も並の銀狼との比ではない。それにあの程度のナイフでは内蔵には届いていない……ただ、風様の方が心配だ。ショックで……いや、きっと大丈夫だ。だから落ち着きなさい。」 静かな声で諭され、僕と陸はその場にへたり込んだ。 「許して欲しいとは言わない。だが、光様は長い年月、雷様を待っていた。一緒に暮らしたいと望まれていた。叶わぬ願いはその形を変え、雷様さえいれば、その体……いや、一部でもいいからこの村にと危うい思いに囚われていった。それを正すことのできなかったのは私の罪。すまなかった。」 頭を下げる桐に陸の怒号。 「ふざけるな!!雷も風も俺達も、あんた達の勝手な都合でここから追い出されたんだ!!今さら一緒に住みたいなんて、勝手すぎるんだよ!!」 ズキンと心が痛む。 そう、僕も陸もこの桐とその従兄弟という人が人との間に作った子供。それは獣人族にとっては一級の罪。バレれば子供共々処刑される事もあると風は言っていた。 だから僕達は桐の手によって雷と風の元に捨て子として迎え入れられた。 そうか……僕達も雷や風と一緒だったんだ。この村には置いておけない。だから追い出された。 陸はずっとそう考えていたんだろうか?僕には考えもつかなかった事を陸はずっとそうやって考えていたんだろうか? いつものヘラヘラとした陸の顔を思い浮かべる。 そんな悲しい事を考えているなんて思いもしなかった。 「陸……ごめんね。」 謝る僕に陸が頭を振る。 「水が謝る話じゃない。これは俺達とこの村の問題だ。雷さえ生きていれば風も大丈夫のはずだ。雷が死ぬ時が風の死ぬ時だって、前にそう言っていたし。雷に最後は自分を食べて貰うとも言っていた。雷は絶対に約束を守る。特に風との約束だもん。絶対に守る!!」 うんうんと陸を抱きしめて頷き合う僕達に、桐はもう一度深々と頭を下げた。

ともだちにシェアしよう!