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第6話
久しぶりの学校は中野にとって代わり映えのしない日常だが、彼にとってはかけがえのないものである。
相変わらず和泉は山代にべったりと金魚のフンのようにくっついている。それを見ている中野はある意味、苦笑したくなった。
「ご主人様と犬」と影で女子に言われているらしい。藤間がこっそりと教えてくれたのだが、山代は気にしていないようで、中野は胃が痛くなるような思いだった。
「それにしても、おまえ、病気だったんだな」
「えっ」
確かに入院はした。中野にはヒヤリとした汗のようなものが背筋に流れた。中野を見る藤間はうんうんと一人でうずいているのを見て、中野は安心した。彼の目には病弱な友人として映っていることを願う。
「おまえさあ。大丈夫か」
「なにが」
「なにが、じゃない。体、か・ら・だ」
心配してくれる藤間に中野は胸があたたかい気持ちになった。こういう人並みの感情は術士になるためにはいらないものだと中野は考えていた。しかし、中野にはまだ必要な感情でもある。
中野は強くうなずいた。藤間はあっそうと言って、水筒のコップに口をつける。水筒の中身は茶が入っていて、紅茶らしい。藤間の母親がインフルエンザウイルスには紅茶いいとテレビで見て入れたそうな。
「砂糖入れてくれよ」
はあと言っていた。紅茶は白米に合うように、砂糖を入れないストレートティーらしい。ちなみに中野は自分で用意した麦茶である。
「中野ってさ。どこに暮らしているの」
「ああ」
「ああ、じゃないって見舞いに行きたかったからさ。どうだった。休めて」
「休めたというより、苦しんだ」
中野の言葉にがっかりとした藤間がいた。
「骸骨先生って知っているか」
いきなり、なにを言い出すのだと不思議そうに見つめる中野に藤間は椅子を前のめりにして話し始めていた。
骸骨先生とは科学者で昔の学校の先生だったらしい。しかし、人体のことが好きでおまけに子供が好きで、死んでから夜な夜な子供達を解剖しているらしい。
「小学生か」
中野が呆れた声でいうと藤間は「噂話だ、楽しんだもの勝ち」と答えた。いい気なものだと言いそうになる中野がいた。
山代を目で追うが、山代は和泉と話していた。藤間は「俺も信じていないけどさ。圭子(けいこ)が話していた」と言った。クラスメートの圭子である。
「友定(ともさ)さん?」
「馴れ馴れしく圭子でいいよ。俺が許す」
「バカ」
「中野、おはよう」
おーという会話を始めてようやく授業が始まっていた。疲れた顔をしたクラスの担任の間部が教室に入ってきた。
中野を見ても表情は変わらないと中野は思っていたが。間部は悲しそうな顔をした。一瞬だけ。中野の他にも休んだ生徒はいなかった。
他の生徒はあのことを忘れている。中野は被害者だと伝えた、と三田が教えてくれた。
「みんな、危険なことには首を突っ込むなよ」
そういう間部はやつれた顔をしていた。はーいと返事をするもの、聞いていないもの、それぞれである。間部の願いが、生徒に届いたのかはまた謎である。
間部は出席を取り始めていた。
「今日の間部、おかしかったな」
藤間はなにも知らないが、するどいことをいう。中野は知らん顔で「普通じゃないか」と答えていた。
「いや、なんかやつれた。まあ、中野は会っていなかったからわからないか」
「わからないから」
タブレットを取り出した中野は呆れた顔をした。中野の顔をまじまじと見つめていた藤間はため息をついた。
「繊細な感受性の持ち主は俺だけなんだな」
わざと哀愁を帯びた口調でいうが、なぜか藤間の口調はコミカルな印象になった。
「くだらないことをいうなよ」
中野は笑っていると、なにか視線を感じていた。中野の目が窓の外に向かう。以前割れた窓はちゃんと新調されて、ピカピカと太陽の光を反射させていた。山々が見えている。小さなグランドが見えてきた。それは中野の知っている風景ではない。
「えっ」
その瞬間窓に映る風景はかき消されていた。誰も気にとめていなかった。藤間に振り返ると「どうした」と藤間はのんきに尋ねる。
「なんでもない」
そう中野はそう答えていた。それから、考え込んでいた。混乱のために。
授業が終わり、放課後スマホを持っていた中野は、メールを送る。しかし、すぐには返事など来なかった。中野は藤間と別れた、校内を探索することにしたのだ。校内はハの形をしていて、ハの真ん中、中間に渡り廊下が設置されていた。
「中野。どうした」
すっと中野の影の中から山城が現れた。中野は驚いた顔をして「山代」と声を上げた。山代は顔色を変えず、中野の肩をつかむ。
「いきなり、影から現れるな。それに、誰か見たらどうするんだよ」
「また無茶するから」
無茶なんてしないと中野が言う前に中野は人の気配を感じて顔を上げた。
「おっ。山代に中野か。いいところにいた」
担当の間部がいた。中野はゲッと言いたいのをこらえていた。二人をどう思うかは中野にはわからない。
「山代、おまえサッカー部に入らないか」
「お断りします」
「やっぱり、な。山代、おまえみたいなスター選手にはうちには」
くどくどと間部は誘い文句を並べていく。間部は山代しか見ていないのか、彼にサッカーの素晴らしさと説いていく。山代は人形みたいな顔をしている。無表情である。無表情であればあるほど間部を熱くしているようだ。
山代も頑固だと中野は思うが、サッカー部に入るなり、和泉のような生徒を増やすよりかはマシである。
「中野、おまえはどうする入部するか」
「遠慮します」
チッと間部が舌打ちしたような気が中野にはした。もしかしたら、ぼうっとした顔をしていたのかもしれない。その隙を狙って、中野をサッカー部に入れようとしたのかもと中野は考えていた。考えすぎと中野は自分に言い聞かせていた。
「考えていてほしい。あっ、中野も、な」
ついで、ということはわかっているせいか、むしろ面倒な気持ちにさせる。間部が立ち去ったのを確認してから、中野はため息をついていると「骸骨先生どう思う?」と山代に訊いた。
「?」
「知らないみたいだな」
藤間から聞いた話を再び中野はした。骸骨先生は子供が好き、先生であり、夜な夜な子供を解剖するらしい。と。
「生物学者や医者ならわかるけど。先生って解剖とかするのか。むしろ今どき、解剖するよりレントゲンやCT検査でスキャンした方が安全だよな」
中野は自分の言葉に疑問点を見つけ出したようだった。山代はじっと中野を見つめている。いきなり、中野の手を握る。
「なっ」
ぐいと山代が引っ張り中野の体を包み込むように抱きしめていた。中野は驚いた。山代がこうするのはちょっと予想ができなくもない。
「中野、生きていて良かった」
「漫画から勉強したんだな」
山代の冷たい鼻が中野の首筋に当たる。生暖かい空気があたりくすぐったいような、急所をさらしていることにより、ぞわりとしたものが背筋に走った。チュッと首筋に冷たいものを押し付けられた。
「ここ、学校。おまえはすぐ変なことを」
「中野。しよう」
「おまえはアホか」
中野は顔を真っ赤にして、怒鳴っていた。中野の顔を見た山代は「まだ早かったか」とつぶやいた。
早い、その意味はわからない中野は、山代から離れようとする。そのとき、ぱっと山代が離れた。いきなり離れたので、中野はバランスを崩して尻餅をついた。
山代は涼しい顔をしている。自力で立ち上がると、中野は新たな客人を待っていた。
「あら、あなた達。ここでなにをしている。もしかして、たむろしているの」
教師である。女性教師でおばばと呼ばれているきつい女性である。ちなみに中野はにこりと笑った。
「違います。ちょっと探検」
「まあ、小学生みたいなことをするのね。あなた達は高校生でしょ。もっとやることがあるんでしょうが」
「すみません」
「中野は真面目な生徒です」
にこりとにこやかな笑みを含ませた山代が言った。人形めいた顔がなにか命の息吹を吹き込まれたように生き生きと優しげな表情である。おばば先生は、あらとわざとらしく頬を染めた。
「早く帰宅するように。いいわね」
立ち去る姿を見ていた。
「おまえ、なにを考えているんだ。学校で変なことをするな」
「中野は嫌だった」
「嫌だ。絶対にするなよ」
「学校の方が燃えると思ったんだ。誰かに見られる」
「また、変な漫画の知識かよ」
「ボーイズラブ」
「だから、それはファンタジーなの。真に受けるな」
山代はわからないという顔をしていた。中野はわからないなとつぶやいた。誰がそんな漫画を山代に貸しているのか、中野は考えていた。
とりあえず、教室をのぞくことに中野はした。仕方がないと気を取り直した。スマホにメッセージはまだ届いていない。
「なんで、骸骨先生なんだろう」
中野は当たり前のことを聞いた。顔が骸骨なのか。中野はカーテンで覆われた教室を出入り口の窓から見ていた。薄暗い教室にはなにもなかった。
「友定さんに聞いてみようかな」
「ふうん」
「少しは協力しろよ」
「骸骨先生は夜に現れる」
いきなり山代が言った。
「俺達、夜間の活動は禁止されただろう。俺が単独行動して危険な目にあい。おまえが勝手なことをしたから」
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