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第8話

 貝の話を中野から聞いた三田の顔は笑っていた。そんな三田を中野は怒る気力も出なかった。三田はまじまじと貝を見た。 「沢村先生とはどんな先生かな」  優しげな口調で三田が問いかける。彼は中野が用意した食事も手を着けずにいた。  三田は、山代が見つけた餌に興味を奪われたらしい。さっきまで他人事だったが、現物を見たら興味がわいたらしい。  山代は目だけを貝に集中している。山代は歯を磨いていた。三人は貝の話すまで待っていた。狭い台所で男三人が集まる。まだ成長過程の中野ならまだしも、山代は中野よりずっと身長は高い。三田は平均的な身長だが、やはり大人のせいか、狭く感じる。  貝は目玉だけ貝の外に出した。意志を持った、触手のような、目玉を包み込んでいる、薄色をした黄色が中野、山代、三田に動いた。  普通の感性を持った人間ならばどう思うだろう。多分、彼らはそれほど驚かず、よくできた機械と思うかもしれない。  中野を見ていた貝は「あのう。沢村先生を元の世界に戻してくれますか」と問いかけていた。 「我々は術士だ。それが目的で動いている」  三田が答える。貝はじっと中野を見ていた。 「あの。こちらの方は」 「俺の保護者兼術士」 「ああ」  安心したように貝は中身を見せてきた。あさりのような体をしている。うすい、黄色み帯びたクリーム色の体に、目玉が頭にのせている。 「あの、ですね。私達、沢村先生と私は友達なんです」  異界の住人に友達という感覚があることに中野は内心驚いた。話をまとめるとこうである。海の異界にいた二人は嵐にあい、そのとき人間側の世界に沢村先生が吹き飛ばされたという。命からがら、貝は助かったが、沢村先生が心配だ。  ゆえに、沢村先生を追いかけて異界から人間側の世界に来たらしい。 「どうやってきたの」 「払うものは払って。この貝、模様が普通でしょ。私の綺麗な貝と交換して来たんです」 「沢村先生は骸骨の顔をしていませんか」 「骸骨?」  中野がスマホから検索して出た画像を見せてやる。 「いえ、こけた顔をしていますが」  困惑したような声で貝が言った。 「とりあえず、異界に戻りましょう。通信機を渡します。それで中野から報告を聞いてください」 「えっ。俺?」  じっと貝は中野を見つめていた。貝の顔が赤くなった。ゾッとした中野は驚いたように三田を見た。 「ああ、中野さんはいい香りがするからうっとりしますね」 「中野は俺のものだ」  山代が目を細めていう。中野はギョッとした。手が伸びかけているのを止めるように、中野は貝の前に出た。 「通信機を持ってくるから待っていて下さい」 「中野さんは、なぜあの乱暴な人と一緒にいるんですか」 「いや、契約したから」  なっ、と山代にいう中野に山代は黙っている。まるでこうなることか許せないと言いたげである。 「多分、中野は俺を見てもなんとも思っていない」 「山代」 「中野さん、沢村先生をよろしくおねが……」  膨張した貝がいた。目玉が四つ以上たくさん出ている。山代は顔を上げた。中野は刀を寄せた。そのまま、刀で切ろうとするが、貝はまるでハエのように素早く宙を舞い、逃げる。 「中野さん。中野さん。おまえの目玉は美味しそうだ」 「山代、捕まえろ」  痺れが残っている中野はとっさに動けないのか、頭だけを動かしている。  どう対処すればいいんだと中野は考える。自分は満足には動けない。そう戸惑う中野に対して山代は機敏だった。耳をすますように、目を閉じて、まるで芋虫を捕まえるように貝をつかんだ。貝は反撃するために水を出そうとする。その前に山代は口を開いた。  まず人間の口の大きさよりも裂けたように鋭い歯が並ぶ、中野はこのおぞましい光景に鳥肌を立てて見ている。  まるで時が止まり、すべてのものが山代に従うような気分に中野はなった。 「あったぞ」 「そう言って、邪魔をする」  貝はぎゃあと騒いだ。水を、お小水を山代にぶっかけていた。刃がない刀を持った三田が、柄を持って貝を刺す。黒い刀身が現れ、貝はおとなしくなった。貝に通信機を取り付け、スマホをかざす。 『ゲートが開きます。異界へと帰還させます』  音声案内によって、スマホから光が差し込んでいく。光の中に取り込まれた貝はやがて、さっきの貝になった。目玉も二つ、体はあさりの。貝の中にもぐっていく。 「山代。着替えがあるか。色男もそれじゃあ台無しだな」  三田はそう言って、異界の住人の尿を雑巾で拭き取る。 「一応これは保存。山代のスエットも保存」 「お気に入りなんだが」 「悪いな」  中野はため息をつきたくなった。自分が未熟だから、山代はいうことを聞かないとわかったからだ。 「タオルを出すよ」  そう中野は悔しいがあえて表に出さずに言った。  骸骨先生は、現れなかったという籐間が言った。中野は教科書のタブレットを持って、自分の席に座ったとたん、言われた。 「まだ言っているのか。骸骨先生の話」  呆れた口調の中野に対して、藤間は気にしていないのか「だってさ」と非日常を楽しんでいる素振りを見せていた。  クラスメートはすっかり、骸骨先生など忘れて動画どうなの、動画配信の映画は面白かった。ドラマの話をしている。 「中野はどうなんだよ」 「俺? 興味ないよ。そんなことを考えるよりか、漫画を読んでいる」 「おまえら、なにを話しているんだ」  クラスメートが話を混ざる。 「骸骨先生? 子供だましだろう。おまえさ。高校生だろう。もっと面白いものを見つけられるだろうが」 「わかっていないな。ロマンだ」 「ロマン?」 「怪談とかさ。ロマンじゃん」 「祟られても知らないからな」 「なんだよ」  そんな会話がなされていた。中野はぼんやりと窓を見た。窓がいつも通りである。ただ。 「キャッ」  女子が悲鳴を上げた。  彼女は窓を指した。人差し指で。白い指の先に人々の視線が集まる。その先にはなにも映っていない。みなの目には。中野の目には確かにとらえていた。  骸骨を持つ、顔がこけた白衣を着た男が。中野はじっと観察していた。白衣の男は中野の視線を通り抜けて、山代を見つめていた。  山代は顔色を変えず、じっとしている。眼差しはなにも感じさせない。無表情だ。まるで、見えていないようだった。  気がつけば、山代は唇をほころんでいた。なぜ笑うのかわからないが。 「大丈夫。錯覚だよ」  怯えた女子にそう言った。その女子、友定(ともさ)さんだったのが、偶然なのか中野にはわからなかった。 「ほら、ごらん」  気障なセリフだが、山代がいうと似合っているのか友定は顔を上げた。そうして、彼女の目には骸骨を持った男がいなくなっていた。山代は艶やかな笑みを浮かべる。 「言っただろう」  友定は顔を赤くしてうなずいた。そうしてもぞもぞと口を動かしていた。山代しか聞けない、か細い声だった。  これは、メールを書く物件だと中野は直感した。中野は山代を見つめていた。  山代は友定を見ている。彼女の小柄で華奢な体は、山代比べると大人と子供のようだ。しかし、友定の顔は妙にうっとりとしたものになって、山代になにかされるのではと、中野はヒヤヒヤした。 「山代」  と中野はつぶやいていた。 「山代がどうしたんだ」  藤間に問われてしまった中野はしどろもどろに「友定さん、すっかり山代が好きになったような」と言っていた。 「ああ。圭子。おまえ、山代が好きなの」  バカっと藤間が言われていた。友定は顔色が悪かったはずが、山代のおかげかわからないが、血の巡りがよくなったように見える。  中野は友定に集まる女子が落ち着くのを待っていた。友定には聞きたいことがあるのだ。 「なんか、中野、圭子が好きなのか」 「はっ」  驚いている中野に対して、うなずいている藤間がいた。ニヤニヤした彼は「小さく見えてもけっこうでかいからな」という。胸というのは中野でもわかっていた。 「また怒られるぞ」 「いいんだよ。どうだ。やっぱり胸か」  あっ、いたいというと殴ってきた友定の友人の山田がいた。にらみつけられている。 「私はわからないけど、なにか怖いことが起こったと思わないの。それをふざけて」  まるで責めるような口調で山田がいう。山田は背の高い、強気な少女である。 「山田さん、友定さんの周りでなにか変わったことはなかった。なんでもいい」 「探偵気取りはやめて。それで中野が解決するならいいけど、解決するわけがないからやめて」 「まだ胸のことを怒っているのかよ」 「違う。ただ、中野みたいな好奇心いっぱいの人間に答えることはない」  怖がらせないでよと言われた。確かにそうだ。中野は歯がゆい気持ちで山田を見つめていた。 「中野はどう思う」  藤間がきらきらとした目で中野を見ていた。中野は「わからないよ」と言っていた。  山代は和泉となにか話していた。楽しげである。しかし、一瞬だけちらりと中野を見つめていたようだった。  その顔が寂しそうに見えていた。中野の気のせいかもしれない。  藤間は慰めるように肩をたたいた。 「三角関係にもなっていないのに、振られたな」  友定の目は山代を追っているのに気がついた藤間が言っていた。 「なんで、そうなるんだよ」  呆れたように中野はつぶやいていた。

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