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第11話

 女術士の問いに骸骨先生は首をかしげていた。本当にわからないのか、うそをついているのか、中野にはわからなかった。 「あんたは、何者だ」  中野が問いかけていた。前には星野がいる。彼が中野を庇うように立っていた。 「それは」  急に骸骨先生の顔色が変わったのだ。目玉が神経につながれているはずなのに、急に上を向き、あらぬ方向へと目玉が動く。 「さあ。縛ったわよ。あなたは私のいうことを聞くのよ」  殴られた女、侵入者が言った。女の顔は腫れ上がっている。腫れ上がり、笑う顔は不気味で、自分の欲望に目がくらんでいるのかギラギラと目を光らせている。 「私はきれいになるの。一番幸せになるの」  さあ、願いを叶えてと女が叫ぶ。骸骨先生の状態が変わっていく。手が背中から何本、十本以上出てきている。骸骨を持った手は震えている。 「汚染された」  女術士がつぶやいた。 「あなた、やめなさい。名前は。真理子さんだっけ。真理子さん。あなたは願いを叶えるなんて思っていないでしょ」 「なんで、私の名前を。こそこそ、調べたの。私を術士になるつもりはないから」 「あなたはただで願いを叶えたと思っているみたいだけど、ちゃんと対価を払わない願いなんて、ないのよ」  知らないわよ、あんたなんか消えちゃえと真理子は叫んだ。 「私を批判するものは許さない。私を否定するものは許さない」  星野は動かない。中野はこの距離からでは、自分が反応できるか考えていた。星野の中野を見る。 「中野だけでも逃げてくれ、山代。中野を連れて」  山代はいた。天井にいた。天井は白い壁で、煙が充満していた。女は気がついた。顔を青ざめた。 「私がおまえの願いを叶えてやる」  中野はやめろと言った。中野の言葉など山代は聞いていない。天井から降りた山代は女に耳元でささやいた。女は青ざめた。そして、口から血が流れ始めていた。  顔が変わっていく。腫れた顔が治っていき、顔のパーツが変わっていくようだった。目が大きくなり、鼻筋が通り、唇は厚くなる。顔全体が小さくなり、首筋が伸びる。肩が華奢なものになり、腕が延びていく。 「やった。やった。私」  鏡に見ている女がいた。女が望む顔になった。女は満足そうに笑う。それは本当に幸せそのものである。 「対価は大事なものだ」  そうつぶやいた山代に女の目から血の涙が流れていた。耳から、鼻から、口から穴という穴から血が匂いと共に出てきた。 「私を騙した」 「いや、あなたはためていた対価を払っただけだ」  骸骨先生の目玉はグルリと回り、中野から山代を見た。骸骨先生の背中の手がうごめく、グーのように拳を作る手やパーのように広げた手もある。その体を女術士は切り込んだように中野には見えた。 「山代。やめた方がいいわよ」  山代が血を吐いた。中野は痛みを覚えた。体に右足に痛み。引き裂くような。  叫びそうになる中野を見た山代はなにかを手放したような、そんなものは見えないのに中野はそう感じた。 「真理子は化け物よ」  いやだ、痛かったわと真理子が言った。山代は悔しそうな顔をした。女は笑っていた。恥じらうように。 「私、人って言ったかしら。でも人だったら死んでいたわ」  真理子は笑い声を張り上げていた。  彼女はニヤニヤとした笑い方で、顔から口がはみ出そうになっていた。まるで自分が一番強いと言いたげでもある。鏡を見た自分にうっとりしたまま、真理子は顔を歪めていた。 「美しい。美しい。私は美しい。あんな奴に言われたことなんて忘れてしまえば」  真理子は激しい口振りで自分に鼓舞するように見える。中野にはわからなかった。なぜそんなに美に執着するのか。 「好きな人にひどいことを言われたのか」  中野がつぶやく前に、真理子がこちらを見ていた。笑い声をあげながら、迫り来る姿、狂気を満ちている。ものすごいスピードで真理子にぶつかるものがいた、女術士が体当たりをしたのだ。星野は緊張した形で剣の柄を握る。  女はすぐ側に来ていた。迫る姿は悪鬼にも似ている。口からは涎を垂らして、目は黒目が広がり、口元は笑っている。そんな真理子を誰も美しいとは思わなかった。欲望に駆られ、理性もなく、動き回る。 「私は間違っていない。間違えているというおまえらが間違っているんだ」  中野の首に手をかけている真理子がいた。そのとき、地面が光った。 「やっと、捕まえた」  女術士がつぶやいた。星野はうなずいて、黒い刀身、まるで陽炎のように揺れる刀身で真理子を切った。女術士も切る。 「いやだ。いやだ。なにをするの」 「元の世界に戻します」 「同類の共食いは禁止」  共食いなんか、しないと言った。  骸骨先生が動いた。山代めがけ襲いかかろうとしている。背中の手には波動が生まれ、女術士に向かって放つ。女術士はすぐ逃げ出した。 「まったく」  波動は真理子に直撃した。真理子の顔は崩れていく。真理子の顔はなくなっている。泣き出した真理子に、逃げていた星野はスマホをかざす。 「戻ってください」  ああと真理子の顔から太った女の子が生まれた。お世辞にも美しいとは言えない。真理子は新たな顔のまま、元の世界に戻っていく。 「星野君、ありがとう」 「いえ。どうします。あれ」 「応援を呼んだから」  とりあえず、戦うしかないでしょうと女術士が言った。 「中野君、あなた、手伝ってくれる」 「はい」 「結局こうなってしまった」  女術士は苦笑いをもらしていた。中野にはさっぱりわからなかった。なにがどうなっているのか。  説明するまでもなく、骸骨先生の背中から波動が飛び出す。まるでたくさんの波動をあべこべに打っているようだ。 「まったく。力尽きた山代はなにをやっているのよ。食べられるわよ」  そんな悪態をつきながら、刀から小型の銃に持ち替える。中野は息をのんだ。  一人前の術士になったら持てるアイテムだった。銃であるゆえに、コントロールが難しい、飛び道具である。  充電ができるのか、銃身が青い。波動を流れる。まるで、砲弾をぶっ放しているようで、地面がえぐれている。えぐれた場所は隠れられる。 「星野君。蜉蝣を使える?」 「今は無理です。怖がっています」 「だよね」 「山代。聞こえるか」  ふわりと中野はなにかに包まれたような気がした。それは山代の腕だった。山代の顔は青白い。紙のような白さである。 「中野。助けてほしいのか」 「助けてほしいのは山代、あんたでしょう。まったく」  女術士が骸骨先生の顔をみている。相手が、気がついたのか、また波動を打ち込んでいく。  で、どうしますと中野は問いかけた。 「中野君は動ける」  痺れて動けないことを正直に話すと女術士は考えていた。 「中野君。スマホを壊していい」  えっと戸惑った中野に対して「後で弁償するわ」と言われた。一体なにが起きているのか中野にはわからなかった。  スマホを起動させて、アプリを立ち上げる。電話アプリを女術士は、開く。そうして、とある電話先にかけると、スマホを置いた。 「骸骨先生、引っかかるといいんだけど」  物陰から中野と星野は様子をみている。電話はスピーカーに変えられているようだ。か細い声が聞こえてくる。 「沢村先生」  銃をかまえる女術士がいた。ゆっくりと骸骨先生、背中に手が生えた骸骨先生がいた。目玉は右と左で違う動きをする。ためらわず、女術士は弾を発射させる。骸骨先生はびくともしない。黙って弾を打ち込められていく。 『沢村先生、見つかりましたか』  弾を被弾していくうちに歩みが止まる。そうして骸骨先生の目を閉じた。 「帰りましょう」  骸骨先生がかすかに頷いたような気が、中野にはした。 「あの貝が言っていた沢村先生が骸骨先生だったのか」  図書館の食堂で暖かいコーヒーを飲みながら中野が言った。山代も隣にいる、一応中野も報告書を書いたが、実際にはなにを自分がしたかわからなかった。 「中野君のおかげだよ」  なかなか骸骨先生が現れないのはなぜかと調査したらしい。真理子という化け物が、骸骨先生と術士を会わないようにしていたらしい。 「その理由はきっと、よくわからないよ。異界に戻れば正常に戻るんじゃないかな」 「またこっちに来たいなら」 「戻すくらいしかできないな」  星野はコーヒーをすする。山代の顔色は悪いままだ。 「山代は先生に見せた方がいいな」 「だよな」  山代が貝のお小水をかぶったおかげで引き寄せられたということを中野は初めて知った。中野は釈然としないものがあった。 「なぜ友定に現れたんだろう。父親の顔をして」 「チャンネルが合ったんじゃない。ほらラジオみたいに、電波を受信したみたいに。あとは、会いたかったんじゃないの。友定とかいう人が」  なんで真理子に付き狙われたんだろう。 「骸骨先生は先生をしたみたい。整形手術の専門の。それでしつこく付きまとわれたって貝が」  なんだろうなと中野は悶々と考えていた。山代はコーヒーを飲んでいた。 「山代をコントロールできていないって上にバレたな」 「うん。まあ」 「じゃあ。さよならだな」 「違う土地に行くみたい。こことはお別れです」 「また戻ってこいよ」  ええと中野が言った。中野は大きな鞄を持って三田がいる車に向かう。星野はちょっとだけ笑いをかけた。中野はまた笑った。

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