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第15話

 夕飯を食べている中野は、渚が中野になにかを教えてくれるのは幻想だと気がついた。中野は箸を持ち、自分の思考に浸りすぎないように気をつけていた。天ぷらを噛み砕く歯を動かして、手にはご飯茶碗に箸という何気ない日常の生活の延長線上にいる。そんな中野を渚はなにも言わずに食を進める。 沈黙が食卓を包んでいた。中野はなにを話していいのかわからない。渚もベタベタとした接触が嫌いなのかさえ、中野にはわからなかった。 「学校、どう?」 そんな中、いきなり渚が白菜の漬物を食べながら聞いていた。中野は目を白黒させるが、答えることにした。 「楽しいです」 「ふうん」 会話はそれ以上に進めないでいた。山代は面白いものを見ているような目で中野を見ていた。食事が終わり、食器洗いでもやると中野は申し出た。渚はそうと言ってやらせてくれた。 リビングにはテレビがついてニュースが流れている。山代と渚はそれを見ていた。 二人の話し声が中野の耳にかすかに届く。中野は気になり、上の空になそうになるのを気をつけた。なにを話しているんだろうか。山代だからか気になるのかと考えていた。使った油を濾すのは渚がしてくれた。 本当に食器洗いだけでいいのだ。皿を泡でゴシゴシと洗う。そうして、テレビでは深刻そうなアナウンサーの声が聞こえる。 二人は静かになったのだ。中野は変だなとつぶやきそうになった。実際には心の中でつぶやいた。 早く修行がしたいとそう思う中野を渚はなにも言わないだろう。中野はそんなことを考えていた。 食器洗いを終えたと渚に告げて、中野と山代はそれぞれの部屋に戻っていく。 一人部屋になった。部屋が広くなった。錯覚ではない。机、文机に教科書とノートを置いていた。スマホにタブレットに記載した情報を読み込む。それをノートにまとめる。 結局一番アナログな方法をとってしまう。中野は以前三田に教わった方法で勉強している。三田はどうしているのだろうかと思う。 彼は中野を見捨てたのだろうか。そんなことを考えてしまう。なぜ中野をここに連れてきたか、中野が一番わかっている。山代を支配下に置いていない。 犬と山代は違う。化け物だ。手懐けるのは大変かもしれない。いつ山代と中野が出会ったのか、思い出せないくらい昔だ。 「俺、バカだな」 そうつぶやいている中野がいた。スマホのメモをノートにまとめる。そうして、気がつけば時間が経っていた。体を伸ばして、息をついた中野は立ち上がった。 そうして、気になるアイツ。恋愛対象ではなく、危険動物としてという言葉がよく似合う山代のところに行く。 山代はなにもしていなかった。布団の上で手を組んで仰向けに眠っていた。中野は脱力しそうになった。 「なんだ、寝ていたのか」 さっと背中を見せる中野の袖を引っ張ったものがいる。よく見ると薄目を開けた山代がいた。暗がりの中ではわからないはずだが。 「中野、嬉しい。会いに来てくれた」 「違う。監視」 そういう中野を山代は非難することなく、笑っているのがなぜか暗闇の中でも伝わってくる。山代はなにもしない保証がない。監視されているとわかっていても怖くなった。こんな暗がりで無防備に近づいた自分が中野には情けなく、バカだと思った。 山代の顔は近くにある。フワリと甘い香りがする。シャンプーの匂いだとわかるが、中野も同じように香るだろう。 「山代、俺の言うことを聞く気はない?」 そう言いつつ、中野は山代の手を掴む。山代の目が大きくなったような気がした中野は思わず後ろに下がった。手と手は離れていた。 「怖いから制御して」 山代は唐突につぶやいた。怖いのだ。初めてではない感覚が中野にはした。山代には悪いが幼い頃からある感覚だ。 山代はじっとしている。中野を咎めることもしない。中野にはわからなかった。自分が正しいと思うのか、これは鳥籠に山代を入れるのではと。 それでも中野が術士なのだ、見習いでもそうだ。だからこそ、山代に鳥籠の中に入れないといけない。それが中野の役割の一つである。 「俺は山代を」 「わからないわけではないが、今の中野では脱がして可愛がるくらい」 「おまえ、セクハラだ」 暗闇の中で山代は立ち上がっている。怯える中野がいる。そんな中野を目もくれず、山代は電気をつけた。 蛍光灯の光が目に刺さるようだった。まばたきを繰り返す中野を山代は腕を組んで耐えているようだった。 「食べたい」 「物理か」 「性的」 ったくと中野は呆れていた。そんな中野を不思議そうに山代は見つめていた。そんなことをしていると監視されていることを忘れてしまう。中野は気がついた。 「これも見られているんだよな」 恥ずかしいと改めて中野は感じていた。山代はなにも感じていないようだ。それが羨ましいと中野は考えていた。 中野は山代の部屋を眺めた。恥ずかしい気持ちを悟られないためと恥ずかしい気持ちを忘れたいがためである。 山代の部屋は殺風景だった。そういう中野も来たばかりなので殺風景な部屋である。文机に衣服が入ったタンスがあるだけで、布団が敷いている。それは気持ち良さそうに見えるから清潔な物だろう。 「山代」 「なんだ」 「山代は自由になりたいか?」 「なんだ」 なんだってと中野はつぶやいていた。自分の気持ちがわからなくなるのはこういうときだ。言いたいことがうまく言葉にできない。表現できない。言葉足らずな子供だと中野は痛感する。 「俺から解放されたい。今なら契約が解除すれば、自由だ」 「いやだ。それは中野が自由になりたいからか」 なんだよと中野は山代をにらみつけていた。山代は笑う。 「別に構わない」 だから契約したと山代は言う。ばかだなと思った中野がいた。自分もバカだと思っていた。それは確かだ。 「山代は、お人好しなんだな」 「お人好しは中野だ。まさか、こんなことを言われるとは思わなかった。中野らしいが」 そう山代が真面目の顔をして言った。それがおかしくて中野は笑っていた。中野は少しだけ楽になった自分に気がついた。 学校に行く。長い道のりである。山道とは言わないが、坂道を登る。坂道は緩やかな勾配がつづくものや角度がある坂道もある。そんな中野は歩いていく。気がつけばひたすら歩く以外なかった。 これがなにの役に立つのかはわからない。中野自身、車で楽をしたいと考えないわけでもない。中野の後ろを山代があとを歩いている。 山代は静かである。会話などしないで山代は一緒に歩いている。 「寒いな」 中野の口から言葉が出てきた。中野の頬が冷たく張り付いていた。冷たい空気が中野を包んでいた。山々が紅葉している。赤や黄色に色づいた分寒さがひとしおである。 学校にやっと来ると待ちかねたように伊沢が中野の席に近寄る。 「おはよう。今日から英検の勉強手伝って」 いきなりで中野は面食らった顔をしたが、記憶が刺激したのか、ああと答えた。伊沢はホッとした顔をした。中野は安心した。昨日が濃厚だったせいか、中野はすっかり忘れていた。 「今から」 はっと思わずいう中野に対して伊沢はにらみつける。そうして、クラス全体といっても六人で英語の問題を出題する。伊沢は納得がいかない顔をした。次第に楽しくなったのか、笑っていた。 「よかった。みんなが手伝ってくれて」 中野が言うと「放課後、待っていて」と言われた。一回きりではないとわかっていた。しかし、放課後を待つのはどういうことだろうか。 わけがわからなくて中野は救いを求めるように周りを見つめていた。周りは目を合わそうとしなかった。 「いい?」 「うん」 断る理由も見つからない。だから、中野はうなずいた。そうして、中野は山代も一緒に待ってもいいかと尋ねていた。 「なんで山代も一緒なの」 伊沢が尋ねてくる。これも修行の一環とは流石に言えなかった。そんな中野を助けたいのか「伊沢には関係ない」と山代が言う。 「なんでよ」 しつこく伊沢が中野に尋ねていた。中野はどう答えればいいのかわからず、苦笑いを浮かべるくらいだった。 「中野ってわからない」 「そうなんだ」 中野はそんなことを言われて悲しいと思う。自分がわかりやすいと思っていたが、そうではないと気がついた。 はあと中野はため息をついた。 「なによ」 いつもは穏やかな伊沢らしくない反応に中野は「ごめん」とつい言っていた。 「中野って変だよ」 伊沢は怒ったように言っていた。伊沢が怒る理由、それが中野にはわからない。だからか、女子って面倒だなと思っていた。そんな中野の思考を読んだように伊沢はにらめつけていた。 山代はさっさと自分の席に戻って、知らん顔である。そんな山代が中野には羨ましいのだった。 「で、ここから出題して」 そんな伊沢の声に現実から帰ってきた中野は、出題する。伊沢はそれをさも当たり前のようにしていた。 「もしかして、怒っている?」 「怒っていない」 ムキになっていう伊沢を見て、怒っていることを中野は知る。 「いいよ、別に。私のことなんて」 かわいらしく怒っていた。かわいいのかは別として中野は疲れた。

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