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第17話

 伊沢とメッセージを送ると伊沢も返してくれた。渚の車の中でなく、部屋の中で。そうして一人部屋の中で自由に振る舞えることに幸せを噛み締め、気になったのは山代のことだ。今更、山代を中野が気にしたからってなにかが変わるわけではない。  悪く言うならば中野がこうして来ることで山代にいいように弄ばれているのではないかと、中野は考えていた。中野は山代がいないことが寂しいのだろうか。中野は自分を分析してみるがあまりうまくいかない。自分の気持ちを正直に受け取れないからだ。そんな中野を山代はどう思うのだろうか。  そんなくだらないことを中野は考えていた。山代は人間ではない。鬱陶しさを感じないだろうと思う。反対に喜ぶだろう。罠にかかった獲物を見たような顔をするだろう。  山代が悪い奴ではないとわかっているが、なぜか素直にものになれと言わないでいる? そう、中野が好きならば告白なりなんなりすれば、関係は変わるのではないか。しかし、しないで愛撫すらだけである。  中野は自分でもよくわからない。性欲に支配されているわけではない。未熟な性ではない。ただ完成されているわけではないのだと中野自身考えていた。  明るい電灯に照らされ、中野は頭を振る。なにを考えているんだと思う。気になるならば、山代がいる場所に行けばいいのだ。  山代に会いにいく口実に、タブレットを持っていく。タブレットは教科書が入っているからだ。ノートを持っていく必要がないが、中野はシャーペンと紙が好きという理由だ。 「山代、聞きたいことがあるんだけど」  襖を開けると、山代の部屋は真っ暗だ。ギョッとはしないが、なんとなく納得してしまう中野がいた。 「山代」  そう呼んだいていた。山代の代わりに電気をつける。山代は目を開いたまま、中野を布団から眺めている。寒いのに、電気ヒーターもつけていない。中野は自然な仕草でつける。 「寒くないのか?」 「寒い」  嘘だということが中野でもわかる。中野はなにも言わないことにする。中野はしばらくぼんやりしているわけにもいかない。  まだ部屋に冷気がたまっているのか、なかなか部屋は温まってくれない。 「聞きたいことがあるんだ」  中野が切り出すと、山代は緩慢な動きで起き上がっていた。中野はそれにホッとした。心を読まれないように、教科書に集中して読む。 「ここ、わからないんだけど」  教えてくれる? 中野の言葉になぜか山代は微笑んでいた。なぜ微笑む? と、中野は問いかけようとしたが、やめた。中野は山代の説明を聞いた。スラスラとよどみがない。 「中野はえらい」 「山代からそんな言葉が出るとは」 「ご褒美が欲しいか?」 「いらない」 「そう」  山代がなにを考えているのか、中野には理解ができたのだ。山代はいきなり動いた。速い、と中野の脳は反応した。 「山代」  山代は中野を抱きしめていた。山代の冷たい腕が中野の身体を巻きつく。中野の背中に頭を乗せている。舐められた。首筋を。匂いを嗅いでいる。 「セクハラ、するな」  中野は拒絶するように言うと、山代は中野を解放した。中野はホッとした。寂しいような気持ちになって、少し混乱した。  山代はしばらく中野を眺めていた。感情のない目が中野の顔を注目している。中野には居心地悪い。だから、話題を与えて場の空気を変えようとした。 「山代、なにをしていたんだ」 「中野の思考を読んでいた」 「おまえな。そんなストーカーみたいなことを。もっと他にやることがあるだろう」  呆れている中野に山代はきょとんとした顔をした。 「考えたこともない。俺の体はそういう作りじゃない」 「体の作りじゃなくて。なにか好きなこと、俺以外の」 「ない」 「あるはずだけど。漫画は? ほら、なんだっけ、恋愛漫画は? 一緒に映画を観るか?」 「なんでそんなことをする」 「俺以外に興味を持ってほしいからだよ。寂しいから」 「中野が寂しいのか」 「いや、まあ、そうだけど、なんか違う。俺が寂しいだけじゃない。山代が好きな人も寂しいと思う」 「中野以外はどうでもいい」 「おまえな」  山代はわかったと言った。漫画を貸せと言い出す。中野はスマホを貸すつもりはないので、漫画を読めるアプリを紹介する。山代のスマホをのぞくと明らかに中野の髪型が似てる男と男の恋愛を読んでいる。 「中野はどう?」 「どうって言われても」 「俺が中野以外のものに興味を持って」 「嬉しいよ」 「寂しくないのか」 「彼女じゃないんだから、四六時中俺のことを考えなくていいから」  アホと言いたくなった。中野はあることに気がついた。 「なんで俺が好きなの?」 「わからない。体の相性がいいから」 「違うから。ただちょっと」 「興奮するのか」 「しないから。俺だって彼女つくるかもよ」  山代はじっと中野を見つめていた。伊沢かと山代が言った。中野はなにも言わない。中野の心を読んでいるのだろう。  あえてなにも考えていない。そんな中野が気に入らないのか、山代の大きな目が細くなる。 「絶対にやめろ」 「なんで?」  かわいいじゃんと中野が言うと山代は舌打ちをした。山代がそんなに荒れるのは中野はわかっていた。 「ごめん。冗談。でもわかってくれ。俺は彼女が欲しいから」  中野が言い終わるといきなり、山代が抱きついて来た。正面からである。山代の人形めいた顔がすぐにそこにある。 「いやだ。絶対に許さない」 「あの、さ。山代、山代と子供が産めないんだ。だから」 「俺がなんとかする」 「いやいや。それは解決じゃないから」 「中野が産めばいいんだ」 「俺は絶対にいやだ」  中野が言うと山代の目は怪しく光る。リップ音と共に頬にキスする。かわいいと言う。中野は危ない兆候だと思う。 「やめろ」 「ヤダ」 「渚さーん」  中野が黙っていた。山代は渋々と言った態度で、中野を解放した。山代は怒っているのがわかる。 「なにをするつもりだった」 「キスして、やるつもりだった」  中野はあきれている。中野はしばらく黙っている。怒っているのは山代だが、中野が山代に怒りたいのだ。 「やめろ。無理矢理なんて強姦だからな」 「わかった」  本当にわかっているのだろうか、中野には疑問だった。中野の疑問など知らない、気がついたとしても知らん顔をする山代がいることを中野は知っている。  だから、腹立たしいので彼女が欲しいと心の中でつぶやいた。山代の目はさらに細くなった。  伊沢は英検の勉強かと思っていたらTOEICの勉強だったらしい。勉強熱心な伊沢らしいが、なぜ中野を選んだのか、わかっているのであえて追及はしない中野がいた。  窓の空は青空で、排気ガスがないこの町ははっきり青空が輝いている。雲は大きくなり、山にかかっている。そろそろ雨でも降るのか、置き傘があるからね大丈夫だと中野は自分に言い聞かせる。雪は降らないと言われているはずだ。  教室に浦和がいる。彼女も自主学習をしている。いきなり、そちらが中野の視線に交わった。 「中野さあ。なに」 「伊沢と付き合うの?」  伊沢はちょうど席に立っている。それで聞いて来たのだろう。中野は苦笑していた。筒抜けであることはわかったからだ。 「いや、わからないけど」 「伊沢なら、いいと思うよ」 「ありがとう」 「ただね、そっち系だったら、期待させないほうがいいよ」 「そっち系って」 「ゲイ」 「なっ、なんで」 「なんとなく。山代が中野を好きなのはダダ漏れだから」 「冗談じゃないからな」 「なら、いいけど。付き合うならもっと隠れてね。目のやり場に困るから」  中野はしばらく声も発せない状態だった。山代が中野が好きなのは周りにはわかってしまうのか。そんな恥ずかしさがある。そうして、今まで気がつかなかった自分を殴りたい気持ちになった。 「中野」 「決めた」 「なに?」 「伊沢と」  殺気を感じた。山代から明らかな殺気を発していた。浦和も気がついたのか「おお、怖い」とババくさい言葉を使っていた。 「どうしたの? 二人とも」  帰ってきた伊沢が中野と浦和に問いかけていた。 「また、山で遭難者だって」  スマホではなく、タブレットの授業中に伊沢が言う。彼女は中野同様に倒れた人々の発見者でもあるのだ。気になるのだろう。中野がなにげない仕草でネット検索をしようとしたら、担任芹沢に「なにをしている中野」と注意されてしまった。 「山の遭難者の事件は警察に任せる。なるべく山には近づくなよ。秋の山だからって山をなめると痛い目にあう。それに、こんな小さな山でも霧が出たら迷うのは当たり前だ」  もっともなことを言われてしまった中野は「はい」と答えていた。  伊沢がじっと中野を見ていているなんて中野は気がつかなかった。伊沢がなにを言いたいのか。心配をしているということは周りは気がついている。 「都会ってもっとドライかなって思っていた」 「なんだよ、急に」  伊沢は中野の隣で英単語を覚えている。山代は中野の隣にいる。ちょうど、中野を間に挟むように伊沢と山代が座っているのだ。山代はなにも言わない。中野の隣で本を読んでいる。 「いや、ごめん」  自分が都会から来たつもりはない。むしろ、田舎者であることをばかにしているのかと中野は思ったからだ。 「俺は田舎者だよ」  そういうのが精一杯だった。

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