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第18話

 伊沢の勘違いはよくあることだ。そんな伊沢を中野はどうするつもりもない。都会にいたこともある。それは幼い頃である。そのときはある人と一緒に暮らしていたが。  だから都会の人とは言いがたい。 「田舎者でもここより田舎じゃないんでしょう?」  そうだけとさ。と、中野はつぶやいた。自然と手が頭に行く。寝癖がないことを確認する。伊沢の目が中野を向いてから、山代に向かう。 「山代なんて都会的だし」 「いや、違うよな」 「そうそう」  珍しく中野に合わせる山代がいるのだ。中野は不思議そうな顔をした。そんな中野に山代は表情すら変えない。 「そんなことを言ってさ」  伊沢は疑いの目で見つめてくる。そんな伊沢を中野はキスできるだろうか、そんなことを考えていた。いきなり山代が動いた。手を掴む。ギュッと手を握る。中野は振り払うつもりだが、力が強く、手を振り払うことができない。 「なにやっているの?」 「いや、なにも」 「手をつないでいる」  伊沢が山代の差し出した手を見つめた。 「都会って、寛容なのね」  寛容で無理やり片付けようとする伊沢を中野は安心していいのかわからない。 「私、あのね。中野にお願いがあるの」 「なんだよ」 「あのね、やっぱり昨日のことが気になる。だから、またあの道を通ってみない。禁止されているけど」 「それは」 「じゃあ、今見ているものを浦和に言うよ」  中野は黙っていたが、頭を再び触ると掻きむしった。そんな中野を伊沢は満足そうな顔をしている。そんな中野を山代は人形めいた目で見つめていた。 「俺は構わない。悪い虫がつかない上、中野とこうしていられる」 「山代は、な。俺は嫌なの。なんで、彼女とか作らないか。俺以外で。俺は彼女が欲しいのに」 「じゃあ、私が中野の彼女になろうか」 「えっ」  中野が驚いていると、山代が中野の肩を抱きしめていた。そんな中野は伊沢の言葉に驚いている。山代がいないときの方がいいのかと考えていた。 「冗談だよ。山代、本気にしている」  伊沢が笑っている。バカにされたのに山代は伊沢に対して警戒を解かずに中野の肩を抱きしめている。 「中野を解放してね」 「そうだよ。いい加減にしろ」  中野の顔が真っ赤になっている。女の子に抱きしめられているところを見られているのが恥ずかしいのか、それとも山代にドキドキしているのかもしれない。 「中野って、山代にあまいね」 「あまくない」  そんなことを言っていた。そんな中野を伊沢も山代も、面白いものを見ているような目で見ていた。そんな状態の三人を関わる人はいなかった。 「いいから、離れろ」  中野が言う。中野の言葉に渋々従うように、山代が腕を下げた。それに中野は、ホッとした。伊沢は中野の顔を覗く。 「顔が赤い」 「伊沢、俺をからかって楽しい?」 「うん。だって、すましているよりずっといいよ」  すましているつもりはないのだが、と中野は言いなる。そんな中野を伊沢は笑いかけていた。山代が面白くないのか、目を細めていた。 「で、どうする? 行くの。行かないの」  中野と山代の視線が混じり合う。それを満足そうに伊沢は見つめていた。彼女の目はキラキラしている。輝いているのは確かだ。それをどうにかするのは難しいとわかっている二人は「行く」と言った。  学校帰りである。暗いから、先に大人、家族に連絡していた。それから、先日、通った道を歩いて行く。流石に人が倒れていることはない。伊沢はつまらないという顔をしている。中野は山道に入る道路を見ていた。坂道になっている。両脇には雑草、ススキが生えている。それがゆらゆらと揺れている。それを見ながら、中野はしばらく動けなかった。  彼の本能が告げる。なにかが来ると。それはなにかと言うとわからない。わからないが、なにか、形容しがたいものか、なにか。大きいな生き物と気がついた。  中野は後ろに下がる。この場にいたくないと感じたからだ。 「伊沢、山代」  そう叫んでいる中野がいた。怖かったためでもある。パダパタと学校に指定された鞄が揺れる。足が自然と駆け出し、前に出る。ここにいてはダメだと本能が告げる。なにをしているのかわからない伊沢の腕を掴み、行くぞと山代に言う。  伊沢と山代は幸いなことに一緒にいた。山の敷地外に出ている。  中野は走った。冷たい空気が頬に当たる。顔にピリリと痛みが走っていた。 「なに、なに、急に」  こんなところで捕まるわけにはいかないと中野はつぶやいていた。なんでそんなことを言っているのか、自分でもわからないのか、中野は口走っていた。 「なにがあったの。死体でも見つかった?」 「違うけど、怖くなった」 「なにそれ」  伊沢は疑わしいのか、中野をにらみつけているのだ。意味がわからないのだろう。 「なにか、見たの?」 「見ていない。なんとなく」 「なんとなくって。なにそれ」  中野の怖がっていた理由が明確でないからか、伊沢には理解できないのかもしれない。ごめんと中野は言った。 「意気地なし」 「ごめん。ここにいたくない」 「なんで」 「勘だけど」 「勘だけで、そうなるの。人間が小さいわね。それでも男?」 「弱虫でいい。伊沢は行かない方がいい。嫌なことが起きる」 「なんで、そんなことが言えるのよ。なにも起きない。行くわよ」  グイッと伊沢のコートの袖を掴む中野がいた。伊沢は目を細める。 「なにを」 「暗くなる。一人は危険だ」 「わかった」  急におとなしくなった伊沢がいた。怖くなったって、霊感とかあるの? と言われたが首を振る。 「そんなことはない。ちょっとビビった」 「じゃあ、また」 「行かない。山って怖い場所だから」 「中野の意地悪」 「このことは先生に言ってもいいんだぞ」 「わかった。でもね、私は」 「助けたいんだろう?」  うっと、言われた。そうだよとしょげ返る伊沢がいた。おとなしい伊沢がここまでムキになるのが中野には意外だった。とりあえず、中野はまた歩き始めている。 「行こう。帰ろう」  中野はと問われた。 「歩きで帰る。山代もいるし。そう何度も迎えに来てもらえない」 「ごめん」  中野と山代は伊沢が車に乗るまで見ていた。山代は真剣な目で見ていた。だから、山代が伊沢に興味があるのかと中野は思った。  中野にはそれが意外だった。中野以外に興味を持つことはないと考えていたからだ。しかし、実際には違うのかもしれない。人間と同じように、山代も誰かに似ている興味を持つことがあるのだ。  中野は遅くなることを渚にメッセージを送っていた。渚はわかったと書いた。中野としてはこんな暗い道を歩きたくなかった。しかし、歩かなければ帰れない。これも修行の一環。  不審者がいれば山代が倒すのだ。それはわかっている。それと、獣が出てきたら、化け物を相手にして、どうなるのか獣自身、本能でわかっている。中野は安心していいのかよくわからない。 「中野は彼女が欲しいのか」 「まあ、そうだけど」  山代は明らかに怒っている口調になっている。それは中野も嫌な気持ちになる。なぜわざわざ山代に指図されるのか、わからない。中野と山代は契約した仲だが、そこまで深くない。 「中野。絶対にだめだから」 「じゃあ、彼女は誰にすればいいんだよ」 「俺にすればいい。胸も作る」 「あのな」  呆れてしまうのだ。中野には。山代は男だと中野は認識している。それが、女だからって受け入れてしまうこととは別だ。契約している化け物とねんごろになるつもりはない。 「中野は俺がいればいいんだろう」 「なんで、決めつけるんだよ」  さっきの気配、わかったかと中野は山代に問いかけていたら。反射材がついた鞄を背負い。車の通らない道を歩いていく。道は枯れた葉を風でサラサラと転がっていく。  中野達の足元に葉が飛び込んでくる。それをどうするつもりもなく、中野は歩いていく。 「あれは、わかる。よくない。近づいてはいけない」 「なんで。って、言いたいけど、わかる」  中野は怖かったのだ。その感覚を思い出した。背筋から冷たいものが流れているのがわかる。あれはなんだと渚ならばわかるのだろうか。もしかしたら、あれに襲われて皆意識を失ったのかと中野は考えていた。安易な想像である。 「あれは、一体なんだ?」 「いや、わからない」  本当かと中野は問いたい。しかし、山代が答えてくれるか、不安だ。山代は考えているようだった。 なにか、知っているのだろうか。 「山代」 「ああ」 「山代」 「ああ」  聞いていないのはわかっていた。だから、キスしようと言ったら返事をするかと考えていた。実際には言わない。言ったら、本気にするのはわかっている。人の通らない道でも人の目があるのかもしれない。そんなことを考えていた。 「わからないんだ。あれは、なんだ?」 「中野がわからないなら俺もわからない」 「なんで?」 「正体がわからない」  中野は言葉を失った。中野は目を見開いたまま、山代を見つめていた。 「あれがわからないで話していたのか」 「だから、わからないって言っていただろう?」  中野は力が抜けているのだ。とりあえず、足を動かすことに集中する。山代は正体を見破れないなんて有り得ることだろうか。そんなことを中野は考えていた。

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