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第19話
化け物の正体がわからないという山代がいた。それが中野には意外だった。正体がわからないことは、山代にとっていつものことなのか中野にはわからない。ただ、わかったような素振りで動いているからだ。
「なんでわからないんだ?」
「正体を隠しているのか?」
答えが疑問形で返って来たので、中野は苦笑した。それは中野が聞きたいことだ。しかし、山代がわからない以上中野がわかるのだろうか。そんな疑問が浮かぶ。
暗闇の中、中野は小さなライト頼りに歩いていく。そうして、中野は彼の頭には、正体不明の化け物は異界の住人だろうか、そんなことを考えていた。ならば、すぐに動いているはずだ。術士が。こんな騒ぎになっているのが意外だった。
確かに襲われた人達にはその後意識が戻り、体に支障もない。本当にそれだけなのだろうか。なにか、大切なものを奪われていないだろうか。大切な記憶や大切な力とか。
「なんで、人を襲うんだろう?」
山代はキョトンとした顔をした。彼の人形めいた顔が急に幼く見えてきた。そうして、中野の目にはライトを道に当てているからか、そんな山代の顔がわからない。
「面白いからだろう」
それ以外ない。そう言いたいのだろう。しかし、それだけで人を襲うのか、と考えてしまうのは人間だけか、中野はそんな思考を遊ばせる。
疲れたとようやく中野は気がついた。緊張した身体がようやく落ち着きを取り戻していた。ライトを照らされるアスファルトがつづく。寒かった。凍りつきそうな寒さだ。
霧が出なければいいのだがと、中野は考えていた。
「早く帰るぞ」
「中野が頼めば移動してもいい」
「怖いというか、どこを飛ぶのか信用できない」
「中野とラブホに」
「俺達は未成年だからな。そんなところはダメ」
「そこか?」
違ったとようやく中野は気がついた。山代が近づいて来る。それから逃げようとする中野の腕を掴む。中野の腕は少年らしくまだ華奢なものだ。山代の腕が触る。掴む力が強い。
「痛い」
「中野。逃げるな」
「逃げるのが普通」
「俺と一緒に付き合うのはいやじゃない。合意ならば、ヤレる」
「俺はいやだ」
「嘘だ。中野の頭の中に俺がいる」
山代が中野の体を腕に閉じ込める。そうして、中野が抜け出そうとすると、力を強く中野を捕らえている。
「やめろ。いい加減しろ」
「わかった。代わりにキスしろ」
「だから、なんでそうなるんだ」
「中野が、俺を求めているのに嘘をつくから」
「悲しいのか。だからって無理矢理はよくないから。謝るから」
「いやだ」
「山代、帰りたい」
「キスして」
「いやだ。山代が放せばいいんだよ。俺は付き合いたいのは女子なの」
「それは嘘だ」
中野は呆れた。このままでは動かないのはわかっている。確かに中野が山代のことを思わないようにした。もし、意識してしまったら今までのように接することができない。それに、中野はこれでいいのかわからない。化け物と中野が付き合うことは、術士の立場とか、化け物の立場が曖昧になり、それぞれの個性を越えていたいと考えることになるのでは。つまり、人間が化け物になりたいとか、化け物が人間になりたいとか。
あと、人間と化け物の寿命が違う。人間の方が脆い。それで、人間が倒れたら、死んだら、山代がどうなるのかわからない。失望するか、それともとんでもない、中野が想像できないことをしでかすのではないかと考えてしまう。
「俺はね。山代が嫌いじゃない」
「だから」
「嫌いなるぞ」
こんなことをしていると言う。山代の体温、冷たい体温が離れていく。今回は素直だ。どうしてだろうか。
「中野に嫌われるのはいやだ。絶対」
「はあ。まあ、いいのか」
そんな心の声が口に漏れていた。中野に嫌われるなんて些細なことと山代は思いそうなのに、中野はそんなことを考えていた。中野の考えていることを読んでいる癖に山代は黙っていた。なにか言えばいいのにと中野は言いそうになる。それを抑えて歩き出していた。
渚の家に帰ってくると、渚が出迎えてくれた。温かな部屋の空気に体が弛緩する。それにホッと安心するものがあった。中野は山代から離れようとする。山代はそんな中野に近づいてくる。
「渚さん。山の中で遭難者が出ていることは知っている?」
「ああ、あれは私の領域じゃないよ」
「えっ」
「わからないかい。まあ、若いからそうだね。無理に関わらない方がいい」
「でも、実際に被害が出ているんだ。だから」
「私の力ではどうしようもないことだ」
渚の言葉に中野はイラついた。そんな中野の感情を刺激しないように「さっさと、手を洗いな」と渚が言った。それが無性に中野はいらだちを覚える。
「渚はわかっている。中野は聞いた方がいいんじゃないか」と山代がいう。
「怒っているな」と山代が再び言う。
「怒っている。なんのために俺達術士がいるんだ」
「見習いだけど」
中野は山代をにらんだ。怒りを抑えている中野がいることに山代は楽しんでいる。山代には中野の顔が変わることに楽しんでいる。そんな山代の感情など知らない中野は怒っていた。
「渚さん」
「無理だよ。あんたは、変な使命感で私を巻き込まないでくれ。それに、あの伊沢には気をつけるんだよ。あれは」
「伊沢は正義感が強いだけだ。普通の子だ」
「だから、あんたは利用されるんだよ。気をつけるんだよ。私達はただでさえ化け物に狙われやすいんだ。だから、化け物を飼っているんだ」
「俺は山代を飼っているつもりなんてない。山代は友達だ」
「あきれた」
渚に言ったことは中野の本心かもしれない。ただ、中野のあまさを露呈しているだけだ。山代は中野を静観している。それは冷たい目だった。
「俺と中野は友達だと思っていたのは呆れることかもしれない。でも、ずっと一緒にいたんだ。そう思うだろう?」
「あんたね。化け物は化け物だよ。友達にはなれない。あんただって、自分の身を自分で守らなきゃいかないんだ」
中野は黙っていた、わかっているつもりである。でも、中野には理解できないわけではない。中野にとって、山代は近すぎたのだ。存在が、いつも一緒いて、兄弟のようで、友達のようで。いきなりでもないが、自分が主人なんて思えなかった。
「あんたはバカだよ」
「わかっている」
「わかっているならなおさらだよ」
渚は疲れたのか、ため息をついた。今中野が言ったことを報告するだろう。それはわかる。中野はバカだなと、自分でも思う。周りが中野のような、山代を友達と思っているものはいない。むしろ、自分の手足のように使うのだ。対価を払いながら。
「中野は頭を冷やしな。それ以外、私がしてやることはないよ」
そう突き放し、渚は部屋を出て行った。渚は不安があるのだろうか。中野はそれ以上考えたくなかった。考えていたとしても、自分の処遇を考えなければならない。
自分の部屋に中野は戻っていく。なぜか、山代が付いてくる。
付いてくるなと山代に言いたかったのだが、我慢していた。山代はしばらく黙っていた。そうして山代に対していらだちをぶつけたい気持ちになった中野がいた。そんな中野はしばらく握りこぶしを作っていた。そのまま、目を閉じていた。
「中野」
「わかっている。俺が間違っていることくらい」
「へえ」
「でもわからない」
わからないと中野は再び言う。まるでなにかを決意するように。中野を興味深いものを見るように、山代の目が捉えている。彼は楽しげに見える。
「山代、手伝ってくれ」
「わかった」
「ありがとう」
「代わりになにをくれる?」
「えっ」
中野に触れたいと言われてしまった。中野は混乱した。なんでと問いかけて、化け物だからとわかった。なにが山代にいいのかわからない。
「一日一回キスだ」
「そんな罰ゲームか」
「優しい方だ。だったら中野のそこを触って、イクところを見るのもいい」
「犯罪者だと思う」
「中野は気持ちよくなる」
「だめだ。他の方法がある」
スッと影が顔にかかる。人形めいた顔が中野の側にある。それは憎たらしいくらいに整った顔をしている。それに、中野は意識している自分にいる。美しいものはずるいと中野は考えていた。
「山代、離れるんだ」
「いやだ」
「渚さーん」
「わかった」
中野は離れたことにホッとした。雰囲気に流れされなくてよかったと中野は考えていた。中野はホッとしたまま、山代から離れる。
「で、どうする。なにを俺にくれる?」
「わかった。肩たたきだ」
「は?」
「マッサージの気持ち良さを俺が教える」
「なんで? もしや性的な?」
「だから、違うからな」
そうなのか、と山代が中野に問いかけている。山代はそうかと言った。納得したかと中野はハラハラと不安な気持ちになりながら、待っていた。
「まあ、いいか」
じゃあ、肩揉んでと言われた。
「何分?」
「何分でも」
そう優しく微笑む山代に中野の胸がときめいていると中野は気がついた。中野の顔を隠すように山代に座らせ、後ろからたいして凝っていない肩を揉み始めていた。薄い肉付きかと思えば、意外とがっしりしていることが中野には意外だった。
黙って中野は肩もむ。凝っていないので、楽なのだ。さすってみたりする。それで、山代は気持ちいいのか考えていた。
「気持ちいい?」
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