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第24話
山代の突然の発言に中野は面食らった。どうしてそういう考えになるのか、わからない。中野の力を認めていたわけではないのに、中野の言うことを聞くと言った理由を中野は知りたかった。
「山代、なんで?」
「中野を守るためには言うことを聞かなきゃいけない」
「そんな、俺は力を認めてもらわないとダメだ」
「力なら、認めた」
山代の手に伸びて行く。そうして、中野の柔らかな肌に触る。頬の肉を手のひらでなでる。山代の目は、愛おしいものを見ているような目だった。それに戸惑う中野がいた。実際には、山代がなにを考えてそんなことを言い出すのかわからない。
「だって、俺が正しいなんて誰が思う。今回だって、俺が余計なことをしなければ、山の主はあの牝鹿だったかもしれない」
「じゃあ、もっと被害が出ていた」
「被害者になるなんて考えていなかった」
「でも、中野がいなかったら、術士が介入して解決には」
「違う。俺はもっとスマートになりたい」
「スマート?」
「いや、渚さんがいなかったら、次の山の主がいなかったら、俺は死んでいた」
ゾッと背筋が凍るような気持ちになった中野がいた。あのまま、誰もこなかったら、中野は死んでいた。だから、わかる。自分の判断は正しいなんて思わない。むしろ、反対に自分を危険に晒した。
「とりあえず、処分が決まる」
「処分?」
「もしかしたら、お別れかもな」
「絶対にいやだ」
ノックもせず、無断で渚が入ってくる。
「ああ、起きたんだね。よかった。着替えとタオルを持ってきたよ」
「ありがとうございます。すみません」
「そう言えるなら、安心した」
「すみません」と言って中野は頭を下げていた。
「なにが、すみませんだ。私に謝るんじゃない。たまたま運が良かったものの。あんたは上司である、私の命令を逆らった。そうして、こうなった。わかるかい。戦になっていたら、私は救えなかった」
「すみません」
「だから、私に謝るくらいなら、自分の行動を謹んでくれないか。まずはそれからだ。あんたはバカがつくほどのお人好しとわかったから、今度は自分を守ることに集中してくれ」
「優しいんですね」
「優しいわけがない。あんたの処分が決まったよ」
「化け物の剥奪ですか?」
「島流し」
「えっ。それだけ?」
「まあ、それだけじゃないだろうね」
じゃあ、私は先生に言ってくるよと言われた中野はしばらく黙っていた。島流しの意味がわからない。そうして、中野は山代を見て、ギョッと目を見張った。
山代が泣いていた。
「ど、どうした。山代。泣くこと?」
「中野がいなくなると考えていた。だから、よかった」
「俺の心配か。なるほどな。俺は死ぬのか」
なんでそういう考えになるのか、中野にはさっぱりだった。山代は涙を拭いていた。山代はいきなり中野の顔を近づけていた。
「うわっ。やめろ」
重いと言っている中野がいた。そんな中野を気にせずに、山代が近づいてくる。整っている顔が近づくせいか、普通の人間より圧迫感というより、整った顔に目がいく。
「そんなことはダメだ。言うことを聞け」
「わかった。手を握るのはいいか?」
「それなら」
中野の言うことを山代は聞いた。ほっとした中野がいた。山代の手が中野の肩をがっしりとつかんでいた。
「なんで、肩をつかむ?」
「いや、キスしたいと考えていたら、いつでも対応できるように」
「どんな対応だよ」
中野は力が抜けるような気分になっていた。言うことを聞いても、山代はやはり山代だ。変わりのない山代に、ホッとしていいのだろうか。そんなことを中野が考えていた。
「島流しってなんだろう」
「島流しの意味がわからない」
「どういうこと?」
「バケモノはそこらかしこにいるのだ」
「はあ」
「どこでも現れるというのが、バケモノだ。地方に流されても変わらない」
「変わらないかな。まあ、安全な場所なんてないのか」
そうすると、島流しの意味がわからない。そんなことを考える中野に看護師が来て、タオルと着替えを持ってきた。
冷たい雨が降っている。病室の中は冷えているので毛布をかぶっている。眠りより退屈な気持ちになっていた。退屈で、なにかをしていないといやなことを考えそうになる中野がいた。個室から人がいる部屋になった。普通の病院ではないから、人がまばらである。見るも無残な傷を持つものはさすがにいなかった。
中野の傷口は残るらしい。そういうと、これを見つめて戒めるということができると考えていた中野がいた。しかし、周りから痛々しい傷で、自傷ではと思われるかもしれない。幸いなことに、腱は切っていないようだ。神経も。幸運なことだ。
痛いことはない。ひどい気持ちになるのは、過去を考える時間がたくさんに与えてられるから。自分は正しいのか。いまだに中野は迷っている。
また転校かと考えていた。
部屋に入ってくるものがいた。中野の弟と言う、篤志だ。篤志は漫画雑誌を持ってきてくれた。本当はスマホかタブレットがほしいが、決まりがあるらしく、アナログな漫画雑誌を渡している。
「兄ちゃんはさ。島流しって、知っているの?」
「知っている」
「どこに流されるの」
「島。たしか、X県の島だって」
「ふーん。俺も行こうかな」
「そう簡単に行けるものじゃないだろう。篤志だって、仕事があるだろう。友達も」
「うーん。でも、兄ちゃんが心配でさ。痩せたんだよ。これでも」
「えっ」
「うそだよ。俺が倒れたら、兄ちゃんを支える人がいないだろう?」
「まあ、そうだけど」
そういうものか、中野は考えていた。ベッドのカーテンを開けて、毛布にくるまっている中野は篤志に顔を向けて話していた。篤志はそんな中野を気にしていないのか、話しかけていく。
「りんご、食べる?」
「いや、寒いから」
「そっか。じゃあ、布団をかけるな」
「ありがとう」
中野は篤志の親切心を感謝する。ずっと一人でいたら、頭がおかしくなると中野は考えていた。隣のベッドと前のベッドは空いている。窓側のベッドにいる中野はあまり大きな声をあげなかった。
篤志が帰って行くと同じ病室の男が話しかけた。
「いい弟さんだね」
「ありがとう」
そういうのが中野の精一杯の強がりでもあった。自分の弟ではないというのは、赤の他人に弱音を吐くみたいで恥ずかしく、また自分の恥ずかしい部分を見せたくなかった。中野は普通を求めていた。
普通の家族や子供ならば、ここにはいないと気がつくはずである。術士など危険なことに子供を巻き込む親などいない。そういう子供とは悟られたくなかった。
「いつも来てくれるね。友達も」
「いえ。そんなことは」
ないとは言えなかった。中野の面倒を見るために山代も篤志も毎日、来てくれて話しける。篤志は仕事があるのに、毎日、来ている。篤志には篤志の生活があるのに。
男に言われて、ようやく中野は気がついた。中野は自分が勝手に平気だと考えていた。そうでもない。当たり前だと思っていたことは当たり前ではない。
「君はいいな。友達がいて」
「友達はあいつくらいで」
「でも、ちゃんと来てくれる」
「えっ」
「俺は一人だから頼る人もいない」
そうなんですかとしか、言えない中野がいた。そんな中野に男は笑う。自分を自分で自嘲するような含みがあった。中野とはあまり変わらない歳だと思う。中野は気がついた。
自分が未成年だから、こんな厚い待遇を受けられている。そうして、一人になったときはどうなっているのか。それはほの暗い洞穴をのぞいているような気持ちになった。
「今のうちだけですよ」
「そうかな。恵まれている人はずっとそうだよ」
「えっ」
「愚痴を言ってごめんね。じゃあ、さっきのことは忘れてくれ」
そうして男は小説を読んでいた。カバーが取れた、むき出しの文庫本がなぜか寂しさを感じさせる。それは、誰も相手にしてくれない。誰も気にとめない人間がいると、教えられているような。
中野はそんな自分を忘れるために少年漫画を飽きてしまうくらい読んでいた。そうしなければ、暗い方へと考えてしまう。
山代がやってきた。着替えは洗濯するから毎日、来なくていいと言ったが、頑として聞き入れなかった。山代にはノートが持っている。きれいな字で書かれたノートの板書を見せてくれる。普通ならばタブレットだが、妙な決まりのせいか、それは持ってこなかった。
「ここの数式は」
中野は問いかけている。そうして、山代がささやくように教えてくれる。山代の顔が近い。山代の長いまつ毛が伏せられる。一つ一つが繊細な細工のように見えている。それが生きているだけで、不思議な気持ちにさせる。
触ってしまったら、消えてしまう、そんな気持ちになる。そうして、中野はそっと山代を見つめるだけだった。
「なに、考えごと?」
「うん。まあ」
山代の機嫌がいい。二人でいることが嬉しいのかもしれない。山代がわからない。どうして、中野を大切にするのか。いや、大切というよりかは、恋をしている。それは昔からだったのか。記憶をたどると、昔からのこんな風に過ごせていたような気がする。
「ありがとう、わかった。えっと、プリントを出してほしい。宿題とかなかった?」
「いいぞ」
このままだったらどんなにいいんだろうか。そう思う中野がいた。それは、難しいと中野自身気がついている。島流しまで、あと少しだけ時間がある。それだけだ。
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