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第26話

 建物は自由に入れるわけではなかった。スマホで認証を済ませ、入っていく。認証をされた中野達に扉が自動で開くのだ。一人ずつ、すませていく。化け物である山代や竹光は影の中に入っている。  廊下は静かだった。音といえば、クラシックが流れている。通された部屋はモデルルームのように整頓され、白と黒で統一されていた。白い壁に黒のテーブル、ソファも黒で、毛の長いカーペットが白。汚れが目立ちそうだなと中野は思った。  部屋の東側にある大きな窓が曇り空と荒れた海を見せてくる。晴れていれば、日差しが差し込むだろう。強烈な光を遮るために、厚手のカーテンが窓の脇にある。それも黒だ。  吹き抜けになっているようで、二階への階段がある。中野はしばらく立っていた。 「兄ちゃん、緊張しているの?」 「当たり前だろう?」  緊張することもなく、篤志は物色し始めている。ソファの前にテレビを見つけて、リモコンを探すがない。 「あれ」 「勝手にテレビを見るな」 「座って待つか?」  いきなり山代が言った。背後からだから、中野は驚きそうになった。心臓に悪いと中野はつぶやきそうになった。  ソファに座り、本棚が奥にあることに気がついた。テレビとソファが配置されている別の、ちょうど、右奥に壁がある、そこにあった。  中野が立ち上がり、本棚のところに行く。民俗学の本が並ぶ、難しいと中野が感じるような本ばかりである。学習漫画で知った本もある。歴史資料もある。 「なんだ、これ」 「やあ、来たね」  背後から声が聞こえた。懐かしい声である。中野が振り返ると、白いフード付きのマントを着た男がいた。巡礼者とは違う。フードの奥の表情を見せない。 「久しぶりだね。元気にしていたかい?」 「顔、見せたら?」  その言葉を待っていたように男はフードを取った。質のいい、長い金髪があらわれた。そうして、青い目が見える。ふっと笑う男がいた。  顔は東洋人だが、目の色と髪の色が異国のものである。そうして、それがミスマッチで、どうも作り物めいたものに見える。 「変わらないね。いや、身長が伸びたか? 子どものままの頃にはいかないか」 「久しぶりかな。離れて暮らしたからか、わからないけど、おっさんみたいなことを言うな」 「そうかな。時間は待ってくれない。ああ、篤志もいるのか。山代も。竹光は?」 「いるよ。怖がっているから出ないよ」  そうだなと男がつぶやいた。 「ようこそ、右輪図書館へ」 「えっ」 「図書館だよ。ここは、術士のね、おまえは勉強しながら、まあ、静かにしてもらうかな。修行してもらいたい」  そんな言葉を投げかけられた中野は混乱した。 「研究施設じゃない? 俺の体を調べるための」 「ああ、いいサンプルだったよ。異界のしびれ薬。薬かな。成分か。あと、中野の体に付着していた、穢れた山の主の液体。あと、興奮したときの化け物の体液も」 「やっぱり、ここは」 「違うよ。ここは図書館だ。書物が術士を現れることを待つ」  あきれた顔をした中野がいた。それがおかしかったのか、男は笑う。 「間中(まなか)は変わらない」  そうだろうと間中と呼ばれた男が笑う。白いフードを着た男のことだ。 「さあ、おまえの師に会いに行くことになっている。ここは化け物がいない。結界で守っている」 「図書館がそんなに大事な場所なのか」  篤志の問いに間中はほほえむ。間中の言葉に中野も篤志も納得ができずにいた。そうして、いきなり扉が現れた。光でできた透明な扉である。しかし、ここの出口だと中野は気がついた。 「ゲートを通過するから、スマホを持って」  ああ、と中野はうなずいた。ここも厳重なんだなと思った。 「いつから、あんたはここにいるの?」 「そんなことが気になるのか。まあ、昨日からだよ。前からここにはちょくちょく顔を出しているから、新入りじゃないよ」 「ここの存在を知らなかった」  なにも言わない間中がいた。篤志は静かだった。なぜだろうかと中野は考えていた。ゲートは開いて、部屋のドアが開く、通路が空間にぽっかりと空いているのだ。  通路は部屋にそぐわないれんが造りの壁である。そこの中に入るとひんやりと冷たい空気が中野達をつつんだ。 「俺は島流しじゃなかったの?」 「君の安全のためだよ。それ以外なにがあるんだい」 「死にかけたからか?」  ニッと口角が上がることに、間中は意識して動かしたのか、わからないが、中野にはそう見えていた。中野はしばらく黙っていた。そうして、通路は窓があり、そこから曇り空を映し出した。波の音が聞こえない。れんが造りが、防音機能があるわけではない。幻のレンガかと中野は考えていた。 「ここはなんのためにあるの?」 「記録さ。術士と異界の住人の交流と報告書のね」 「データベースに保存されていると思っていた」 「ああ、それもあるけど。ここの書は古いものがある。例えば、平安時代の書類とか」 「そんな古いときから、あるの。術士?」 「あると言うべきかな。その前から術士という概念は生まれていないから。その起源になったものかな」  わけがわからないと中野がいうと「術士を調べてみるのも面白いよ」と間中が言った。なんのために、ここに来たのかがわからない。 「篤志、中野はどう? やっぱり会えて嬉しい?」 「うん。嬉しい」  恥ずかしげもなく篤志が言う。それが妙にこそばゆいものを感じさせられ、中野はやめてほしいと考えていた。扉にたどり着いた。部屋をノックする。さっきとは違う。 「どうぞ」  そうして、入っていく中野達は、部屋の内装というよりも、その部屋の汚さに驚いた。本が部屋中を占領している。本棚は部屋の側面に置かれて、広い机にはノートパソコンとコピー機とたくさんの本が重ねられている。本のタワーといっても過言ではない。そこのノートパソコンから顔を上げた男がいた。カーペットの上のたくさんの段ボールにも本が入って、そこも積み重ねられている。中野達は入るには苦労した。 「ああ、ごめん。散らかっている」  間中に気がつくと「ああ、新人ね。島流しの」と言われた。それに反応するのも中野は恥ずかしいと思って黙っている。 「兄ちゃんは島流しじゃない。安全のためにここにいるんだ」  男が顔を上げる。ああとつぶやいた。目を細めて、篤志を見つめている。それが優しいけど、どこか寂しいもののように中野は見えた。 「私が師ということになった。柳(やなぎ)だ。あと、君のうわさを聞いている。実に興味深いね」 「体ですか」 「まあ、そうだけど。それ以外にもね。性格かな。なんでこんな環境でお人好しな性格になったのかな」 「それは僕の教育のせいかな」  うんと柳はつぶやいた。 「ネット授業を受けてもらう。つまらない場所かもしれないけどね。後、体を動かすために、走り込みかな。えっーと、化け物が言うことを聞かないだっけ。その問題はどう思うのかな」  それはと、中野が言う前に「俺は中野のいうことをきく」と山代が言った。柳の目が光ったように見えていた。 「力を認めていないのに?」 「中野の言うことを聞けば、あんなところに行かなかった」 「それは、問題の解決ではない」  バッサリと柳が切り捨てていた。中野はなぜかスッキリした気持ちになった。部屋の中では暖房がついているのか、暖かいと気がついた。 「まあ、ちょっと、外に出ようか。空気がよどんでいるから」  柳は立ち上がる。いつのまにか一人の女がいた。 「僕の相棒、契約した化け物、香苗(かなえ)だ」  女性は灰色のスーツに、長い足に包まれたパンツにパンプス姿だ。長い髪はバレッタて止めている。整っていない、どこか愛嬌がある顔だ。  声を出さずに頭を下げた。柳に従順なのかもしれない。柳は「ここを離れるから、守るように」と言った。 「はい」 「結界があるから平気では?」  中野が問いかけると、柳は頭をかいていた。強めにガリガリと頭をかいている。なにか、困るようなことを言っただろうかと中野は考えていた。 「念のためだよ。油断できないから」 「油断?」 「安全じゃないの? だから、兄ちゃんが来たのに」  篤志が早口で言った。じれったいというのが本心だろう。それで、中野と篤志の視線に柳は耐えている。 「間中さん」 「大丈夫。ちょっと小競り合いがあるんだ。ここでも、まあ、気にしない方がいい。君達はなにも知らないんだから」  中野はいらだちを隠せなかった。半人前とはいえ、まるで子ども、それもなにもわからない子どものような扱いに不平を言いたくなった。 「君は首を突っ込んでいい結果になったかな。君は守る側じゃない。守られる側だ」  そう言われたとき、中野は手首を触った。傷口がうずいたように感じたからだ。確かにその通りだと思う、中野がいた。自分の失敗があったからか、萎縮してしまう。  山代はそんな中野を見つめていた。  通された部屋は二人部屋だった。 「ここでは、化け物と二人で暮らしてくれ。あと、セクハラは禁止ね。監視しているから」 「契約した化け物が言うことを聞かないらしいね」 「言うことを聞く」  柳は山代を無視した。柳の目が中野に向かう。中野は背筋が伸びるような気持ちになった。自分の力が不足していることはわかっていたからだ。 「どうすれば、いいんですか」 「君には力がある。それを示せばいい」 「チカラ?」  うんと言われた。柳は「契約を結べたからには、その力があるはずだよ。ゆっくりでいい。焦ることはないけどね。でも、それは、君の望みでもないだろう」と優しい口調で言われた。自分の気持ちを見透かされたような気持ちに中野はなっていた。確かに自分は焦っていた。  実際には、そう指摘されたわけではない。しかし、焦ってしまう。なぜか、焦りを中野は言葉にできずにいた。

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