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第3話
いつもと同じ帰り道、のはずが玄兎が妙に大人しくて気持ち悪い。
家族がいないなんて言わなければ良かったのかと白狼は後悔する。話して直ぐには何も言わなかったけれど、同情されただろうか? 可哀想なやつだと思われた? それとも手に追えないと引かれただろうか?
もし自分が逆の立場なら可哀想だと同情もするだろう。だけど、玄兎に同情されて可哀想だからと友達でなくなってしまうのは寂しい。玄兎にとって、友達の白狼ではなく、家族のいない可哀想な狼になってしまったら寂しい。そんな事を考えて白狼はへこむ。
静かな玄兎に慣れなくて、話しかけることも出来ないままぎこちなく黙って二人で歩く。いつもなら憎まれ口を叩いたり、ばあ様の家での出来事を聞いたりするあっという間の三十分なのに、今日はその道のりがやけに長い。
白狼は、今までの気安い友達の関係はもう終わりなのかと、しょんぼりとしたまま、いつもより少し手前で立ち止まる。毎日村に帰る玄兎を見送った森はずれの木の下まで行くことが、今日は出来そうもない。
玄兎はいつも別れる木の下で止まって振り返り、そこで初めて立ち止まったままの白狼に気付いた。耳も尻尾も垂れて、玄兎の倍近くある身体が小さく縮こまって見える。けれど、白狼の表情は笑っていた。硬く凍ったような、寂しそうな笑顔。
その固まった笑顔のままで「また、明日」といつもの挨拶をする。いつもなら玄兎はここで「バイバイ!」と笑って手を振り、村に向かって草原を掛けて行く。
だけど、今日はそうする事が出来ない。玄兎は様子のおかしな白狼にカッとして、白狼の元まで駆け戻り、その勢いのまま脛を蹴り上げる。
「また明日、じゃねーよ! バカ!!」
「いっ……てぇ……っ。何すんだよ!」
いくら玄兎の身体が小さいとはいえ、容赦なく蹴り上げられて白狼は痛みに呻いて座り込む。
「お前、なんかつまらない事考えてるんだろ!」
走った勢いでフードが落ちて、ピンと立った耳が声に合わせてフルフルと震えている。あぁ、こんな怒った姿まで可愛いなんてと白狼は場違いに考える。
「つまんないって……」
大事なことだとは思うのだけど、なんと言えば分からなくて白狼は考える。何だろう、伝えたいこと、伝えなきゃいけないこと……。
「あの、さ……」
「ありがとう」
言いづらそうな玄兎と覚悟を決めた白狼の言葉が重なる。白狼は玄兎の言葉の続きを待ち、玄兎は白狼の言葉を促した。
「何?」
「お前が先に言え」
「……ありがとう、って言ったんだ」
「何だよ、ありがとうって。改まって礼をされるような事した覚えないぞ」
「俺と恐がらずに話して一緒にいるから、……」
「何言ってんだ? そんなのに礼を言われたら、俺もお前に言わなきゃいけなくなるじゃねーか、俺は礼なんか言わないぞ」
「それはそうだけど……」
あまりに勝気で負けず嫌いな玄兎らしい理屈に困って笑う。
「でも、チーズとか貰ったし」
「あ、そっか、それはありがとうだな。よし、礼を言え! って言っても元々俺のじゃないし、ばあ様に直接言えよ。そっちの方が喜ぶし、ばあさまが喜んだ方が俺も嬉しい」
怒っていた事なんて忘れたようにコロリと笑う玄兎に、白狼もようやく緊張が解けてくる。
「いいのか、俺なんかに合わせても。大事なばあ様なんだろう?」
「いいに決まってるだろ。そもそもばあ様が連れて来いって言ってるし」
「そうなのか?」
「でなきゃ誘わねーよ。お前、もしかして自分が怖がられるとか思ってんのか? ヤダヤダ、これだから自意識過剰は……。ばあ様が白狼なんか怖がるわけないだろ」
「だけど……」
「狼の知り合いはお前だけじゃないからな。元々、死んだじい様の親友が狼だったから、あんな所に住んだんだってさ。だからお前なんか怖いわけがない。俺だってお前が怖くないしな」
玄兎は屈託なくコロコロと笑い、白狼はつられて笑顔になりながら、『怖くない』と言われた事が嬉しくてうっかり涙腺がゆるみそうになった。
「で、お前の話はそれだけか?」
いつも見下ろしている相手に見下ろされて聞かれ、見上げるっていうのは、それだけで圧迫感を感じるものなんだと気付く。
さっきまで感じていた不安や心許なさは、今の玄兎の態度で杞憂だったとわかった。
「それだけだよ。それで玄兎は?」
今度は玄兎の番と話を振ったのに、「うー」だの「あー」だのとハッキリしない。
「何? らしくなくて気持ち悪いな」
ハッキリしない態度に、わざと挑発するような言葉を投げる。すると意を決したように真っ直ぐにキッと白狼を見つめる。
「あのな!」
そう言って、立ち上がって玄兎の目線より少し下の、白狼の頬を両手で挟んだ。
しっとりとした柔らかい手のひらに、両頬を包まれて、白狼の心臓が跳ねる。ギュっと頬の手に力が込められ、玄兎が息を吸った。
「あのな、寂しくっても俺がいるから! 一人で泣いたりすんな! 情けねえ顔すんな! 呼んだら、俺がいつでも跳んできてやる! そんだけ!!」
ぎゅっと頬を両手で掴んで叫ぶと、クルリと踵を返して一目散に駆けて行く。ケープのフードは落ちたままで、だけど後ろから見える首も耳も、ケープと同じくらい赤い。
「そんだけだからな! 忘れんな!!」
走りながら振り向きもせずに言い捨てて、あっと言う間に姿が見えなくなった。
「なにそれ……?」
白狼はその場に座ったまま、呆けて呟く。
「俺がいるって……? 泣いたりなんて、しねーし……」
そう言う白狼の頬を熱いものが伝って、ポタリと落ちる。一粒、落ちてしまえばもう止まらなかった。頬を伝う熱が、頬を掴んだ玄兎の手と重なる。
小さな手だ。やわらかい、あたたかい、白狼を包んでくれる小さなてのひら。
あの手のひらを、どれだけ待っていたんだろう。
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