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星のかわりに方位となるもの(5)

 朝の街路でピザ屋の女に声をかけられたとき、ジラールはすでに「鹿の角亭」を引き払っていた。  隠して持ち込んだ銃に加え、二、三の必要な品をまとめ、短剣を秘密の場所に隠す。ブーツをはく。音は立てない。  支度は夜明けと同時だった。コルウスは一晩中不穏な声で鳴いていた。  この生き物はエヴァリストが想定外の状況に陥ると落ち着かなくなる。名づけをしてからその傾向は顕著だ。精霊動物にとって名付け主の魔力は不可欠な「餌」だからか、それ以上の絆のせいなのか。理由が何であれ、コルウスはジラールにとって生きた物見のようなものだ。ジラールが準備をはじめると勝手に肩に飛び乗って首に尻尾をまきつける。  その時ごりっと堅いものが肩口に当たった。まさぐると動物の爪が小さな金属の輪をがっつりと掴んでいる。とりあげると一度不満げな声をあげたが、ジラールが輪を胸の隠しにしまうと、首筋に顔をすりつけてくる。  エヴァリストによるとコルウスには精霊動物として規格外な性質がいくつかあるらしい。金属を嫌がらないのもそのひとつだ。たとえそれが回路を刻んだものであっても。  ジラールは静かに移動した。裏口からいったん宿を出て、これまで把握した裏道を歩く。宿の近くの警備隊詰所は静かで、異変は感じられない。また裏口から宿に戻り、表階段から降りて、朝食の準備に忙しい宿の亭主に主人からの言付けだといって金貨を渡した。戻らなくても部屋をそのままにしておくように頼む。そして正面玄関から出て行った。   「今日は早いね。昨夜は禁制品の取り締まりがあったらしいけど、見た? あたしは見逃してね……」  ピザ屋の女は朝食の粥を商う屋台の女主人とおしゃべりに興じていたが、ジラールをみて声をかけてきた。粥を受け取りながらジラールは首を振る。 「なんだかわからないけど、馬車での持ち込みらしいよ。荷主は外国の商人で、王城に止められてるって」  粥屋の女がいった。 「あら。荷主はどこにいたの?」 「鹿の角亭だってさ」 「え? それって」  ピザ屋の女はもの問いたげにジラールをみたが、彼は黙々と粥を食べた。コルウスは上着の下にもぐりこんだまま姿をみせない。うつわを返して屋台の前を離れたその時、警備隊がやってきた。徒歩の者がふたり、騎士はいない。ジラールの前を阻むように立ち、ひとりが「アラカンの従者だな」という。  アラカンはエヴァリストを雇った商人だ。ジラールは無言で警備隊を見返した。ジラールの方が長身なので若干見下ろすような形になった。 「主人が戻らない理由は聞いたか?」と続けて問われる。  ジラールは黙って首を振る。 「同行してもらおう。当面、事情を聴くだけだ。拒否すると――」  ジラールは最後までいわせなかった。 「行こう」  警備隊のあとについて詰所まで歩くと周囲の人々がじろじろみつめている。ジラールの広い視野には遠巻きに自分を観察する他の警備隊員の姿もみえるが、彼らにせっぱつまった雰囲気はない。角を曲がった時に胸元でもぞもぞとコルウスが動く。ジラールが無造作に手をつっこむと、毛皮のかたまりは人間の眼に止まらないくらいの早さで地面に飛び降り、あっという間に消えてしまった。 「おまえ、鹿の角亭に滞在しているな」  詰所で待っていたのは隊長クラスの騎士ではなかった。尋問がはじまったが、少なくともジラールの基準に照らせば厳しいものではない。この旅でのジラールの役割は何か。主人がこの都に持ちこんだ荷物の内容を知っていたか。何か特別な指示を受けなかったか。  ジラールはほとんど言葉を発さず、それもあってか、やりとりは長く続かなかった。ジラールが何をいわれているのかわからない、といった表情をうかべていたせいもあるだろうし、相手がここ数日の、城下でのジラールのふるまいを承知していたせいかもしれない。ひと通り質問を終えてから、騎士はようやく、禁制品の輸入の証拠が挙げられたためアラカンと同行の者は王城へ拘留中だと告げた。 「これから我々はおまえたちの宿の部屋を仮差押えする」  ジラールは眉をあげて騎士を見返した。 「鹿の角亭におまえは入れない。特に騒動も起こしていないし情報もないから、これ以上のことはないが、王都は離れるな」 「いつまで?」 「審判の塔がおまえの主人の処遇を決めるまでだ」 「連絡は」 「だめだ。審判の塔が拘留した者との連絡はとれない。余計なことは考えず別の宿に移れ。手持ちの金はあるか?」  ジラールはまた眉をあげた。 「長引いて食うに困るようなら仕事を紹介してやる。ここ何日か呑気に過ごしていたようだが、どこでも見られているのを忘れるなよ。禁制品がどうとか、そんな話もするな」  監視つきで泳がしておくとこれみよがしにいわれたわけである。しかし何が禁制品に当たるのかジラールにはわからずじまいだった。エヴァリストは今回非合法の品物に関わるとは告げていないし、銃を商ったわけでもない。大陸から隣国を経由してこの国に来る道中でもそんな取引はなかった。  というわけで、ジラールはたずねた。 「何がまずい?」 「何だって?」騎士が聞き返したのはジラールの声が低いせいか、それとも訛りのせいか。 「禁制品とはなんだ? 俺は何も聞いていない」  騎士は多少憐れむような眼でジラールを見た。 「回路魔術の装置だよ。遊戯盤はご法度なんだ。本当に何も知らないんだな」

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