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第3話
次の日の放課後から早速、笹尾との勉強会が行われた。
「で? 何が分からないの?」
笹尾に質問されたが、正直全てが分からない。
「分からない事が……分からない?」
そう奏は素直に答えると、ハーっとあからさまに溜息をつかれた。
「そんな溜息つかなくても……」
自分がバカだという自覚はあるが、そう派手に溜息をつかれると自分のバカさが惨めになり、涙が出そうになる。
「あ、いや……じゃあ、まずこれ解いていこうか」
相変わらず表情が読めず、口数も少ない。その沈黙に奏は耐えられそうになかった。
「何か話してよ」
「……話してたら集中できないだろ」
苛ついているような声に聞こえ、奏はビクリと肩を揺らした。
「俺がバカ過ぎて苛ついてる?」
恐る恐る顔を上げ、笹尾の顔を見た。笹尾は少し口をポカンと開け、奏の言葉に呆けているように見えた。
「いや、違う。どう教えたら分かり易く伝わるか考えてた」
「そう、なんだ……」
(怒ってるかと思った)
何とか目の前の問題を理解しようと、問題をじっと見つめたが、一向に答えなど出てはこない。
「これ……」
笹尾のシャーペンを持つ右手が不意に動いた。ゴツゴツとした大きい手にシャーペンを持つ長い指が滑らかに動く。
「ここを、これに代入してみて……」
ポツリポツリと溢れる笹尾の低めの声は心地よく、奏の耳にすんなりと入ってくる。
(モサオのくせに、いい声してる)
何となく気恥ずかしくなり、目の前の数式に集中した。
「で、きた……」
自分でも驚いた。今まで全くできる気もしなかった数学の問題が解け、思わず勢い良く顔を上げ笹尾を見た。
奏の心臓が大きく鳴った。笹尾の瓶底眼鏡の奥の瞳が、一瞬笑っているように見えたのだ。
「やればできるじゃん」
ふわりと大きな手が奏の頭に乗ると、更に心臓の鼓動が速まっていく。
「この式を覚えておくといいよ」
次の瞬間には、笹尾の手の感触がなくなりいつもの無表情な笹尾に戻っていた。
(笹尾って結構、いい奴? )
心臓の鼓動の速さは一向に治らず、笹尾に勘付かれてしまいそうで、顔を上げる事ができない。
「う、うん……」
奏は机にある笹尾の大きな手をじっと見つめた。
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