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第4話
笹尾との勉強会は、月曜日と木曜日の週に二回、期末テストが始まるまでの一ヶ月間行われる。
「奏さ、モサオに勉強教わってんの?」
同じクラスの酒井に言われ、奏は思わず身を硬くした。
「うん、いとティに言われて……」
「モサオと勉強って、マジウケる」
「でも、あいつ頭いいから」
「キモくねえの?」
林も揶揄うように奏の顔を覗き込む。
「手取り足取り教えてもらったら?」
そう言って、林と酒井は下品な笑い声を上げた。
奏はいたたまれなくなり、その場を去ろうとし踵を返すと目の前に笹尾が立っていた。
「笹尾……」
「あ、モサオくん。こいつ可愛い顔してるからって、手出しちゃダメだぞ」
林が笹尾にいやらしく言うと、笹尾は無言で自分の席に座った。
「ちっ! シカトかよ! モサオのくせに」
(あいつはキモくなんてないのに……結構いい奴だと思うんだけど)
奏は二人の悪態に心底腹が立っていた。だが、何も言えない自分にもっと腹が立った。
予鈴のチャイムが鳴り、奏は自分の席に座りノートの端を少し破ると、『ゴメン』そう一言書いて笹尾に渡した。しばらくすると、背中を突かれ笹尾からも紙切れを渡された。
『気にしてない』
頭がいい割にはその字は思ったより下手で、奏は少し笑った。
放課後になり、奏と笹尾は誰もいない教室で向かい合っていた。
「笹尾、今日ごめんな」
ノートに目線を落としたまま奏は口を開いた。
「何が?」
「酒井と林にあんな事言われてるのに俺、何言えなかった」
「気にしてないって言ったよ」
奏は大きく首を振ると、
「何も言えない自分に凄く腹が立った……」
ノートに意味もなく、奏はグルグルと円を書いた。
「あいつらさ、一年の時同じクラスの奴不登校に追い込んだことがあったんだ。そいつ、ちょっとオタクな感じではあったんだけどさ、別に害がある奴でもないのに、キモいだの汚ねえだの言ってさ、とうとう学校来なくなっちゃって……近くで俺は見てる事しかできなかった……何か言って、今度は自分がターゲットになるのが怖かったんだ」
言葉した事によって自分の格好の悪さを改めて実感し、自己嫌悪に陥る。
「でも、おまえは一緒になって言ったりはしなかったんだろ?」
「うん……だって、良く知りもしない奴の悪口なんて言えないよ」
「おまえは俺の事をちゃんと笹尾って呼んでくれる。おまえがいい奴だって事は分かってるよ」
笹尾の手が奏の頭に触れ、ドキリと大きく心臓が鳴った。
笹尾を知らない時は、表情が分からず絡みにくく怖いとすら思っていた。物覚えの悪い奏に対して、怒ったりイラついたりする事もなく、気長に奏の答えを待ってくれ、説明も分かり易く、奏にでも分かるように丁寧に教えてくれた。確かに口数も少なく愛想も良いとは言えないが、ただ不器用なだけで優しい所がある事を知った。
モサいはずの笹尾が、かっこよく見えてくるから不思議だ。
少しずつ笹尾に惹かれていると、奏は自覚し始めていた。
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