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第5話

 笹尾が気になる存在になりつつも、実は奏にはもう一人気になる人物がいた。  十才下の弟の秋が、市で開催されている『ちびっこテニス教室』に通い始めた。たまたま母親に頼まれて迎えに行った時、そこでコーチの一人としていたのが『ケイコーチ』だった。  大学生くらいか、年は二十歳前後。上背があり手足が長くスタイルが良かった。テニスをしているだけあって、手足は綺麗な筋肉の付き方をしていて、布越しでも逞しい体躯をしているのは一目瞭然だった。  いつもキャップを目深に被っていたが、その奥の目は切れ長で少し冷たい印象も受けるが、くっきりとした綺麗な二重瞼で初めて見た時は物凄く整った顔立ちだと思った。  皆に『ケイコーチ』と呼ばれていて、フルネームは分からない。あまり口数は多くはなかったが、子供たちと接する時に少し歯に噛んだような笑みが幼く見えて可愛いと思った。初めてあの笑みを自分に向けられた時、胸が大きく高鳴ったのを覚えている。未だまともな会話は挨拶程度だったが、目が合えばケイは微笑みかけてくれる。その顔を見たいが為に、テニス教室が行われる日は母親に代わり奏が秋の迎えに行くのが日課になっていた。  その日もひたすら奏はユウの姿を目で追っていた。  左利きらしいケイは左手にラケットを握り、リズム良く球出しをしている。その視線を感じたように、ケイがこちらに視線を向けた。ケイの口角が上がり、薄っすらと自分に笑みを向けられた気がした。 (カッコイイ……)  あれだけの容姿でテニスコーチなどしていれば、きっとモテるに違いない。笹尾に対する想いとは少し異なり、どちらかと言えば憧れに近い。とは言え、それは何かの拍子に笹尾への想いと同等になってもおかしくはない、ギリギリの気持ちであるとは言えた。  その日も週に一回ある、ちびっ子テニス教室の日だ。行きは母親の君枝が送り、帰りは奏が迎えに行く事になっていた。  学校から帰り、クリクリの天パの髪をセットし直し制服から私服に着替える。準備が整うと奏はテニスコートへ意気揚々と向かった。  テニスコートに着くと、真ん中二つのコートを使ってレッスンをしている。今日もケイは白いキャップを被り、黒い半袖Tシャツと白いハーフパンツ姿。綺麗に筋肉のついた手足をさらけ出していた。  少し離れた所からケイを眺めていると、不意に肩を叩かれた。振り返ると奏の頬に指らしき物が突き刺さった。  指の主はニヤリと笑い、 「よっ」  と、言った。 「いとティ! なんでいるの?」  そこには担任の伊藤が大きなラケットバッグを担ぎジャージ姿で立っていた。 「なんでって、テニスしにきたんだよ」 「いとティ、テニスやるの? 全然イメージじゃないんだけど」 「昔は結構強かったんだぞー」 「なんだろ……テニスする爽やかなイメージがない」 「テニスはイメージでするもんじゃないんだ! おまえこそ何やってんだ?」 「弟がそこのコートでやってる、テニス教室に参加してて」  そう言ってレッスンをしているコートを指差した。 「あぁ、市で開催してるやつか。俺、あの後あいつと練習なんだよ」 「あいつって……ケイコーチと知り合いなの⁈」 「ケイコーチ?」 「伊藤さーん! 受付してきたよー」  不意に伊藤を呼ぶ声すると伊藤は、 「わり、行くわ。じゃあな」 「うん」  意外な接点を見つけてしまった。伊藤からケイの事を色々聞けるかもしれない。そう思うと、いつもは鬱陶しいと思っている伊藤の存在も有り難みを感じたのだった。  レッスンが終わり、ケイが伊藤たちのいるコートに入って行くのが目に入る。ケイと伊藤が何やら話し、不意にこちらに目を向けた。伊藤が奏に向かってラケットを持つ手をブンブンと振っている横で、ケイも軽く手を振っている。そのケイの姿に顔が熱くなるのを感じ、奏も小さく手を振った。奏の目にはケイの歯に噛んだ笑顔しか見えなかった。

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