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第6話

その日が全てのはじまりで、加寿也君は講義が終わる度に僕の元へ来るようになって言葉を交わすようになり、僕も彼の事が気になって彼の鍛錬の様子を見に行くようになり、やがて一緒に鍛錬するようになった。 酒屋の三男だったという加寿也君はお酒を届けにここに来て僕の話を聞き、軍への参加を決めたと話してくれた。 「俺、勘定の事は嫌でも学ばなければならなかったからそれなりに理解しているとは思うが、それ以外はさっぱりだったんだ。だから先生の話が毎回すごく面白くてさ」 時折見せる少年のようなあどけない笑顔。 僕が彼に惹かれていくのにそんなに時間はかからなかった。 そして、彼も僕に好意を寄せてくれた。 桜が満開になった日の夜、見廻りという事で僕と加寿也君は街を歩いた。 僕らの所属する義勇軍が幕府に認められ、治安維持の為の警備の仕事を与えられてすぐの事だった。 「お偉いさんは今頃宴会か、呑気なもんだな」 「階級の低い軍人たちで希望する者も一緒に出掛けた様ですよ。ここのところ休み無く働いていましたから良い息抜きになりますね」 近くを流れる川の音が心地よく聴こえるような、静かな夜の事だった。 「どうせ芸者遊びでもしてんだろ。そうでもしなきゃやってらんねぇって話す奴らもいるしな」 僕らの見廻った場所には特に怪しい行動をとる人物もなく、事件なども起こっていなかった。 「軍内は男ばかりですからね。女が恋しくなるのも致し方のない事では……」 そう言いながら、僕は加寿也君の顔を見上げた。 加寿也君もそうなんだろうか。 それは男として何ら可笑しい事はないのに、僕は加寿也君はそうあって欲しくないと思ってしまっていた。 「……先生はどうなんだ?」 桜が多く咲いている場所で足を止めると、加寿也君が僕に尋ねてくる。 「僕ですか?生憎、女の方とはご縁なく生きてきましたので欲するという感情がどのようなものなのか、分からないんですよ……」 勉学に励む日々で、それ以外の事に全く興味が湧かなかった僕は、物語の中だけでしか色恋を知らなかったし、僕には一生無縁の事だと思ってきた。 けれど、加寿也君が僕の前に現れた事で世界が変わったんだ。 そんな事を本人に言える訳もなく、僕はこの想いを隠そうとした。 「へぇ、確かに先生が女みてぇだもんな。俺と同じ総髪で同じ物を着てるのにどうしてこんなに違うんだろ……」 桜の木の下。 加寿也君は突然僕を抱き締めてくる。 「加寿也君……?」 その厚い胸板に顔を押し付けられるような状態になり、加寿也君の高鳴る鼓動を感じる事が出来た。 「好きだ、先生」 その大きくあたたかい手が僕の頬に触れ、顎を持ち上げる。 「かずなりく……」 その凛々しい顔が近づいてきて、唇に柔らかなものが押し当てられる。 加寿也君の唇だった。

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