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第18話

来週の打ち合わせを前に、僕は住吉さんと桜が見える個室のある近所の居酒屋でお酒を飲みながら夜桜を見る事になった。 食料も宅配にしていてほとんど出歩かない僕にとって久しぶりの外食。 お気に入りの着物を着ると、迎えに来てくれるという住吉さんを外に出て待っていた。 住吉さんは仕事がおしてしまったと言って、約束の時間より少し遅れてきた。 「先生、足悪いんだから家で待ってたら良かったのに」 「少し風に当たりたかったので気にしないで下さい」 住吉さんの運転する白のミニバンでお店まで向かう。 予約してくれた席からは、あの桜が僕の家とは違う角度から見る事が出来た。 「「乾杯!!」」 ビールの入ったジョッキを合わせる。 普段は日本酒しか飲まない僕だけど、住吉さんがビールを頼んだので同じのでいいですと言って飲む事にした。 「はー、仕事帰りに生ビール、サイッコーだ!」 美味しそうにビールを飲み干す住吉さん。 ベージュのステンカラーコートを脱ぎ、白が基調で青いボーダーの入った長袖を捲りあげている姿はすごく素敵に見えた。 「ふふっ、住吉さんはビールが好きなんですね」 「先生は普段、何飲んでるんですか?」 「僕は日本酒ですよ」 「へぇ、見た目によらずですね」 テーブルには続々と料理が運ばれてくる。 僕はあまり食べられる方じゃないので少しずつ食べていたけれど、住吉さんは加寿也君みたいに美味しそうにたくさん食べていた。 「先生っていつも着物なんですね」 「え、ええ、小さい頃からずっと着物だったもので……」 「へぇ!!珍しいですね!!」 「はぁ……」 そう、いつの間にか着物より洋服が主流になって、僕みたいにずっと着物を着ている人を見る事はほとんどなくなった。 「じゃあ、洋服は全然持ってないんですか?」 「そう……ですね……」 下着しか買った事がないと思う。 そんな事、とても言えないけれど。 「じゃあ今度、一緒に買いに行きませんか?実は俺の会社で……」 住吉さんはファッション雑誌で洋服を着てインタビューに答えるという仕事を僕にやって欲しいと頼んできた。 「大人気なのに今までその素顔が謎だった先生が雑誌に出たら、ファンの人も喜んでくれると思うんですよ!」 「有り難いお話ですが…お断りします。脚の事もありますが、あまり人前に出るのが好きではないので……」 目を輝かせながら話す住吉さんに、僕は加寿也君を見た。 けれど、人前に出る事にはすごく抵抗があった。 「そうですか。……じゃあ仕事じゃなく、プライベートで俺と行くならいいですよね?先生に似合う服、選びたいです」 住吉さんの目、僕に告白する前の加寿也君と同じだ。 『先生、今日の講義も面白かったです!』 そう言って笑ってくれた、あの時の輝きと同じく見えたんだ。 どうして声だけ違うの? 加寿也君の生まれ変わりじゃないから? 住吉さんが声を発する度、そんな思いに駆られた。 「……そういう事なら行きますけど、どうしてそこまで考えてくれるんですか?」 僕は思い切った事を聞いてしまっていた。 「どうしてって……先生の事、もっと知りたいからです。社内でも先生の存在はミステリアスで誰も知らないから俺が一番分かってる存在になりたいって思ったんですが、こうしてお会いしてみると、昔から知ってるような、不思議と懐かしい気持ちになるんですよね」 「……そう……ですか……」 懐かしい気持ち。 そんな風に思っているなんて、やっぱりこの人は声は違うけれど加寿也君なのかもしれない。 でも、その声が違いすぎて、ハッキリそうだと思えなかった。 それからの僕は動揺している自分を隠す為に飲み慣れていないビールを飲み過ぎてしまい、ふらふらになっていた。 「先生、歩けますか?」 「だ、大丈夫、です、お気になさらず」 お店を出て、住吉さんが呼んだ車の代行の人が来るまでの間、僕は桜を見るためにひとり歩き出していた。 「ちょっ、ちょっと、先生どこ行くんですか?」 慌てて追いかけてくる住吉さん。 「桜が見たいんです。あの時と変わらず咲き誇る桜を……」 周りの景色が変わっても、僕と同じように変わらない姿で艶やかに咲く桜。 今年はひとりぼっちじゃない。 ふたりで見られたんだ。 ただ……、相手が加寿也君なのかどうか分からないんだけど。 桜を眺めながらそう思っていると、だんだん瞼が重くなっていった……。

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