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第8話
その日、初雪が降った。
「な、なんで……?」
「柊、探した。ずっとずっと――」
「そう…し、様…」
「やっと見つけた。……俺の柊」
僕の体は創士様の腕の中にすっぽりと収まった。
❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎
「創士さんはね……ずっと柊を探していたそうよ」
「………」
「柊を傷付けて、逃げられてしまったんですって」
「えっ……」
茶碗蒸しを作りながら話すお祖母さんを、僕は出汁を団扇で仰いで冷ましながら聞く。
僕が手伝いで外出している間、創士様は何度も家に来て、「柊を連れて帰りたい」とお祖父さんとお祖母さんだけでなく、ご近所の住人も説得して回っていたらしい。
「『柊が居ない人生は考えられない。柊に捨てられてしまったら俺の生きている意味がない』ですって、ちょっと大袈裟よねぇ」
「僕に捨てられる……?」
「そう、あんな大きな形 で、良いものを纏った人が捨てられるって、可笑しいわよね。ふふっ」
捨てられるのは僕じゃないのですか?
何故、僕が創士様を捨てるのですか?
「柊、あとは蒸すだけだから、もういいわよ」
「えっ……」
「ほら、創士さんと話してこい」
掛けられた声に振り返ると、お祖父さんが僕の頭に手を乗せて撫でてくれた。
僕は立ち上がって、創士様の元に走った。
「ここは良いところだな」
「創士様……」
「そんな格好で外に出たら風邪を引いてしまうよ」
創士様は着ているコートを脱いで僕の肩に掛けてくれた。
「それでは創士様が風邪を引いてしまいます」
「クスッ、柊と話す間くらい平気だよ」
創士様は僕の手を引いて川辺に降りた。
「柊を買ったのはほんの気紛れだった。自分は働きもせず、幼い柊の体を売るあの男に腹が立った。それだけの理由で、お前を1億で買った……あの時は、ただそれだけだった」
「………」
「だが、柊の成長を見守っているうちに、もう一つの感情が生まれた。抱いてはいけない想いが……」
「創士、様……」
「だから、柊の大学進学を機に家から出そうとした。……なのに、まさかこんな遠くまで出て行かれるとは……ははっ、やられたよ」
僕の指を転がすように弄りながら創士様は小さく笑った。
「僕は……僕は創士様に捨てられたのではないのですか?」
「捨てる?……そんなことをするわけがない。何故、そんな風に思ったのかい?」
「だって、生まれてから創士様に引き取られるまで僕は3度捨てられました。それに、この体は過去にたくさんの男の人に抱かれて汚れています。だから……」
言葉に詰まり俯く僕の顔を創士様は覗き込む。
「だから?」
「もう、煩わしくなったんだと思いました」
「そっ、そんなわけないだろう!」
耳元で大声で言われて肩がビクッと跳ねた。
「あ、すまない」
「い、いえ…」
足元を向いていた視界がジワジワと歪んでいく。
嗚咽が零れないよう息を吐いて声を出す。
「だから、あの時、最後に……一度でいいから創士様に抱かれたいと望みました」
「……そうか」
「はい……」
僕の手を握ったままの創士様の冷たくなった手にギュッと力が入った。
そして、握られていなかったもう一方の手も握られた。
「なあ、柊。俺たちは一番大事なことを伝え合ってなかったんだな」
「一番大事な、こと……?」
「そうだ、一番大事なこと」
僕の額に創士様の額が重なる。
「俺は柊を愛している。一生俺の傍にいて欲しい」
「ぇ……」
「柊は?俺のこと、どう思ってる?」
頭を動かせず視線だけを上げると、目が合った創士様がふっと微笑んだ。
その笑みが、必死に堰き止めていた僕の気持ちを決壊させた。
「ぼ、僕も、創士様を愛しております。ずっと……ずっと貴方のお傍においてください」
「その言葉が聞きたかった」
僕の手を離した創士様の手は僕の背中に回り、僕の体をキツく抱きしめた。
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