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第6話
野営のために、詩倫は枯れ草や枯れ枝を探し回った。ウルクをつけてくれたので、ウルクとともに。ウルクはまるでアルの言うことがすべてわかっているように、詩倫を守るように付き添ってくれる。おとなしく、詩倫の言うことも聞き、とても従順だった。よく躾けられているのだな、と感心する。
そういえば、ウルクはほとんど吠えない。こちらの言うことも先回りして動いてくれるし、藪の中に蛇を見つけたなど、危険だと判断したときだけ最小限吠えるだけだ。
詩倫たちが泉まで戻ってくると、アルの姿はなかった。馬の姿も見えない。だが、ウルクを置いていくことはないだろうしと思いつつ、なんとなく不安にもなる。
すると、しばらくして彼はウサギを数羽手にして戻ってきた。
「夕飯を見つけた」
どうやら今夜はウサギらしい。ウサギの処理をアルがはじめた。既に血抜きはすませてあるらしい。毛皮にナイフを滑らせている。
(こういうことも慣れないと……)
正直なところ、自らの手で生き物を殺して食べるということに、いささかの抵抗がないとは言えなかった。しかし日本で暮らしていたときも肉は普通に食べていた。誰かが自分の代わりに処理をしてくれていたというだけだ。
現代社会に生きてきた詩倫にとって、おそらくこれからの生活は今までとはまるで違うものになるはずだ。
「食べられるもの探してきます」
「無理しなくていい。遠くには行くな」
「はい、わかっています。すぐに戻ってきますから――ウルク、一緒に行ってくれる?」
狩りはできなくても、せめてなにか役に立ちたい。詩倫はもう一度ウルクと一緒に近くを歩き回る。ほどなく詩倫の先を歩いていたウルクが「ワンッ!」と一声吠えた。
「野いちご!」
泉からほんの少し離れたところに野いちごが少しあって、それも一緒に摘んでくるとアルはとてもうれしそうにしていた。口には出さなかったが彼の好物なのかもしれない。もっと摘んでくればよかったなと思ったが、そのときにはもう空が茜色から藍色へと、色を変えてしまっていた。
「シリンが頑張って枯れ葉や薪になる枝を集めてくれたから、火は朝まで大丈夫だろう」
野営となると火は大事だ。狼などへの警戒もあるが、なにしろ冷える。夏だから秋冬に比べると気温は下がらないとはいえ、天幕もないとなると、火がなければ凍えてしまう。
アルはウサギの肉に塩と香草を擦り込み、枝に刺して火で炙るように焼いた。そして詩倫が摘んできた野いちごの半分を大きな葉の上で潰した。次に少し残しておいたウサギの肉を油を塗った熱い鉄鍋に放り込むと、焼きつける。肉の焼ける匂いがとてもおいしそうだ。そこに水をたっぷりと入れ、香草と緑色をした豆、乾燥させたなにかの野菜に米もひと掴み入れてぐつぐつと煮る。ちょうど豆がやわらかくなった頃、直火で焼いていたウサギにも火が通ったらしい。鍋の中のスープへ塩をひとつまみ入れて完成。
食べる前に、精霊と自然の神に祈りを捧げる。
詩倫は今まで以上に大地の恵みをいただくことに感謝した。これまでも貧乏とは言わないまでも倹約した生活をしていたから、食べ物の大切さはよくわかっているつもりだった。けれど実際に狩りの獲物をそのままいただく、ということはなかった。
命をもらって、自分の命を繋ぐ。
この肉が自分の血となり肉となり、生きていく力を与えてくれる。
ここにきてその意味がようやくわかった気がした。だからなにも無駄にはしたくない。大事に食べなければと心の中で必死に祈った。
「これを使って」
差し出されたのは木の匙。アルはあらかじめ、木を削って詩倫用の匙を作ってくれたようだった。
「作ってくれたんですか?」
「ないと不便だからな。急いで作ったから、あまりきれいに作れなかったけれど。今度きちんと作り直してあげるから、今夜はこれで我慢してくれないか」
「とんでもない。すごくすてきです。ありがとうございます、アル」
礼を言うと彼は少しはにかんだような笑みを浮かべる。その表情がこれまでの大人然としていた彼とは違い、ちょっとだけあどけないもので、なんだかとても可愛らしい。
こういう表情もするのだ、と思うと、詩倫は彼に親近感を覚えた。
「さ、食べよう。うまいスープができた」
そうして二人で鍋の中のスープを啜り、ウサギの肉にかぶりつく。やわらかくてとてもジューシーだ。くさみなんかまるでない。
「肉にそれをつけて食べてみるといい。シリンが摘んでくれた野いちごを潰したものだよ」
大きな葉の上に詩倫が摘んできた野いちごがペースト状になっている。肉をこの野いちごのソースにつけて食べてみてほしいとそう言われて、おそるおそる言われたとおりにしてみる。どんな味かと思っていたが、これがとても合う。甘酸っぱい野いちごの味とやわらかい肉の味が口の中ですごくマッチしていた。
スープもはじめて食べる味だ。すごくシンプルな味付けなのに、とても複雑な味わいだった。肉と豆と米でこんな味が出せるのか、と驚く。きっと豆からしっかりとした出汁が出ているのだろう。香辛料もどんなものを使ったのか、とても興味が湧いた。
どちらもはじめて食べるというのに、それでもどこか懐かしいような味がする。
かつて両親が生きていた頃、詩倫の家の食卓に上がった、中央アジア風の料理に通じるところがあった。
「おいしい……! すごくおいしいです、アル」
「口に合ってよかった。キリチュに戻ったら、もっとうまいものを食わせてやる」
心から満足しているという顔の詩倫に、アルもホッとしたような顔をする。
「ほんとですか?」
「ああ、ウサギもいいが羊もいい。今年はレモンとオリーブがよくできたから、オリーブと一緒に羊を煮込んだものを食べさせてやろう。レモンを入れるとまた格別だから」
想像しただけでおいしそうだとわかる。詩倫は目を輝かせた。
「わあ……楽しみにしています! 僕、一生懸命働きます!」
「ああ、期待している」
精霊の導きだ、とアルは言った。であれば自分も精霊に導かれてこの世界に来たのだろう。なぜこのようなことになったのか、なぜ精霊は自分をこの世界に呼び寄せたのか。
薪がパチパチと爆ぜて小さな火の粉を飛ばす。ゆらゆらと炎が揺れる様を見ながら、その炎の暖かさが心までじんわりと染み渡っていく気がする。
広い広いこの草原で彼と出会えたことに感謝しながら、匙でスープを口に運ぶ。もらった恩をアルに返したい。
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