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第35話

「どういう事なんだ!?」  鳩からの情報に間違いは無いはずなのだが、どう行っても辿り着けない。 「またここだ……」  ぐるぐるした挙げ句、どこをどう行っても元いた場所に戻ってしまう。  まるで迷いの森だ。  カッとなって直ぐ馬に飛び乗って来てしまったものだから、そろそろ自分の不在に城の者も気付いて大騒ぎになってるかもしれない。  何も考えずに城を飛び出してしまい、自分でも何をしているんだろうかと冷静になると馬鹿みたいだ。  やる事はまだ沢山有るのに……  まぁ、気晴らしにはなったかもしれない。  森林浴にはうってつけの綺麗な林である。 「さて、せっかくだしあの池の畔で少し休んで行こうか」  白亜は馬を降りると、池の側に向う。  綺麗な水だ。馬が飲んでも大丈夫だろう。  せっかく久しぶりに一人で外に出たのだ。もう少しだけ自由な気分を味わいたかった。  白亜は十分だけと決め、木の根を枕にし、落ち葉の上に寝転がる。 「白亜様」  不意に名前を呼ばれ、閉じたばかりのを目を開いた。  懐かしい緑色が見えた。 「え?!」  ビックリして飛び起きる。 「裏柳?」  何処から現れたのだろう。何もない所から突然現れた裏柳に驚く。辺りを見渡しても何もない。 「久しぶりですね」  そう微笑む裏柳に、凄く心が安らいだ。  ああ、そうだ。僕は裏柳の笑顔が何よりも好きだった。彼を笑顔にするためならばどんな事だって出来る気がしていた。  結局、その笑顔を奪ったのは僕だったのかな。  白亜はどう反応して良いか解らず、視線を反らしてしまった。 「貴方を裏切ってしまった私の顔など見たくないですよね」  裏柳の声は切なそうに聞こえた。 「もう過ぎた事だよ」  裏柳が自分を裏切ったとはもう思っていない。顔が見たくない訳でもない。顔は見たいが、見れないのである。寧ろ、裏柳の方こそ僕の顔なんて見たくないのではないかと思っていた。 「私は白亜を裏切り、貴方から逃げてしまいました。でも、貴方を嫌ったり、憎んだりしてはいません。少し、怖かっただけなんです!」 「うん、怖かったんだね。怖がらせてごめん。あの頃の僕はどうかしてたんだよ」 「そうですね。とてもどうかしてました」 「ごめん、凄く嫌われている気がするんだけど?」  切り返しに棘しか感じられないのだが。何か泣きたくなってきたよ。 「冗談です。ようやくお顔を見せて下さいましたね。相変わらずお綺麗です」 「冗談と言うのは冗談なんだろ?」 「よく解りましたね」  アハハと笑う裏柳に釣られて、白亜も笑ってしまった。  まるで昔に戻れたみたいだ。  これは森の妖精が見せる夢なのだろうか。 「仲直りの握手をしましょう。貴方と添い遂げる事は出来ませんが、良き友人として相談相手にはなれます」   優しく微笑む裏柳は白亜に手を差し出していた。 「ああ、そうだね。じゃあその堅苦しい敬語もやめてよね? ただの友達だったらさ」  白亜は裏柳が差し出した手を握りしめる。ああ、裏柳が天使に見えるよ。 「そうですね…… うん。そうだな。ちょっと癖が抜けるまで時間がかかりそうです」 「良いよ。有難う」  ああ、裏柳だ。大好きな裏柳が僕を許してくれて、握手してくれている。  夢でも嬉しい。  白亜は目頭が暑くなる。 「それで、朽葉の事なんですが……」 「朽葉は返してくれる?」  そう言えば朽葉を迎えに来たのだった。白亜の感度の涙は一瞬で引っ込んでしまった。 「まだ忙しいでしょ貴方。子供の面倒を見る余裕が有りますか?」 「僕を誰だと思ってるの? 僕だよ?」  いくら忙しても朽葉の面倒はみる! 「答えになっていませんね。何も私に寄越せと言ってる訳じゃないんですよ。もう半年程してからでも遅くは有りませんよね。作物の収穫が終えてからでも良いでしょ? 作物の収穫さえ終えれば大分貴方も落ち着く筈です」  真剣な表情で叱るよう言う裏柳。まるで自分の従者だった頃の様で、何だか懐かしい。 「それは…… そうだけど」  全くの正論だ。裏柳が間違った事を言った事等ない。 「朽葉だって本当には貴方に会いたがってますよ」  ふぅと、困った時に出る溜め息を吐く裏柳。 「でも手紙には僕の事は忘れてって……」 「白亜が王として頑張っているからその足枷にならない様にとそう書いたのでしょう。あの子、頭が良すぎるんので」 「そうなの?」  裏柳に言われると、そうなのかなぁと思えてくる白亜。  なんだ、僕の思い過ごしかぁ。 「暫くは伝書鳩による文通で我慢して下さいね」 「うん、解ったよ。君がそう言うなら信じるよ。半年したら迎えに来るね」 「はい、指切りして」 「はい、指切り」  指切りなんて子供の頃にしたきりだ。  指切りを終え、ハッすると裏柳は消えてしまっていた。 「えっ!!???」  本当に夢だったのだろうか。  白昼夢というやつだろうか。  手には感触がまだ残っていると言うのに、不思議な感覚だ。 「白亜様ーー」 「白亜様は何処にーー」 「白亜様ーー」  林の向こうで自分を呼ぶ声が聞こえる。  やっぱり騒ぎにしてしまったみたいだ。 「早く戻らないとだ」  白亜は馬に跨がると林を出る。 「おーい、僕はここにいるよーー」  そう言うと手を振って自分の居場所を教える白亜であった。

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