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第2話
あれから十四年。
千尋も立派な社会人になった。週休二日、一日約八時間というごく当たり前のサラリーマンとして働き、特に裕福でもないが極めて貧乏というわけでもなく、自由な一人暮らしを謳歌していた。
彼女はいなかった。結婚願望もなかった。男友達とルームシェアするくらいならまだしも、女性とひとつ屋根の下で上手く暮らしていける自信がなかったのだ。
(なんだかんだで、一人暮らしの方が気楽だし)
結婚したいという人も大勢いる。周りの友人も次々結婚していく。それでも千尋は、「結婚したい」と思わなかった。一体何のために結婚するのかわからなかったし、妻も子供もいらないのなら結婚する理由が見つからなかった。
だから自分は、このまま何事もなく独身を貫いていくんだろうなと思う。
ただ、最近ひとつ気になっていることと言えば……。
「ここで今、速報が入りました。『同性婚関連法案』がたった今参議院を通過しました。これにより、法案成立はほぼ確実となります。よって、再来年一月から日本でも同性婚が認められることになりました……」
仕事から帰り、何気なくテレビをつけたらそんなニュースが流れていた。
「げっ! マジか……」
思わず顔を引き攣らせる。
この『同性婚関連法案』が国会で議論され始めたのは今から三年ほど前。当時、与党の全面的な支援の元に初当選した、若手議員・寺澤拓也衆議院議員が提出したのが始まりだった。
ここ数年で同性カップルに対しての目はかなりおおらかになってきたものの、未だ否定的な意見も根強く、「種としての根絶を意味する」として反対する議員も多かった。
それでも拓也は粘り強く議論を重ね、反対していた議員を説得し、少しずつ賛同する味方を集めて行った。そしてついに法案可決に至ったのだ。
それもこれも、十四年前の約束を果たすために。
(拓也くん、本当に法律変えちゃった……)
言われた当時は、普通に冗談だと思っていた。本人は本気で発言していたのだとしても、法律変えるなんてできっこないとタカを括っていた。遺伝子レベルの一目惚れだかなんだか知らないけど、男の自分のためにそこまでするだなんて、これっぽっちも考えていなかったのだ。
それがまさか、こんなことになるなんて……。
「……わっ!」
ピリリ、と急にスマホが鳴り、千尋は思わず飛び上がった。画面を見たら「寺澤拓也」とあった。
「も……もしもし?」
「おお千尋、久しぶり! ニュース見たか? 早速だけど、今からお前の家行っていい?」
「え……? 今から?」
「うん。ダメ? なんか用事でもあんの?」
「いや、特には……」
「じゃ、OKだな。三十分くらいで着くと思うから、待っててくれ」
それだけ言って、拓也は一方的に電話を切ってしまった。
(ヤバい、どうしよう……)
法律は変わった。拓也がここに来る。……となれば、言われることはひとつしかない。
僕は、誰とも結婚するつもりはないのに……。
千尋は一生懸命、どうやって断ろうかと考えを巡らせた。
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