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第3話
小一時間ほど経って、家の呼び鈴が鳴った。拓也だ。
仕方なく、のろのろとドアノブに手をかけた。
「千尋、結婚してくれー!」
ドアを開けた瞬間、視界いっぱいに真っ赤なバラが見えて思わず目を丸くした。
「拓也くん……これ、どうしたの?」
「ここに来る前に花屋に寄って買ってきたんだ。プロポーズにバラの花束は基本だろ?」
「そ、そうだね……」
……こんなことされたら、ますます断りづらくなってしまう。
やむを得ず、千尋は拓也を部屋に招き入れた。
(ここまでしなくてもいいのに……)
テーブルで渡された花束のラッピングを解きながら、こっそり溜息をついた。
遺伝子レベルの一目惚れだかなんだか知らないが、ここまで想われると逆に申し訳なくなってしまう。拓也は見た目もハンサムだし、裏表のないさっぱりした性格であるため、中学生の頃から女子にもよくモテていた。十分にいい男なんだから、他にもっといい相手がいるはずだ。同性婚を認めさせてまで、わざわざ千尋を選ぶ必要はない。それほどの価値は自分にはない。
「なあ、千尋」
不意に背後から抱き締められ、千尋は反射的に身を硬くした。
拓也が耳元で囁いて来た。
「十四年も待たせちゃってごめんな。婚姻届けの提出は早くても再来年になっちゃうけど、後で結婚指輪買いに行こうぜ。結婚したっていう証にさ」
「あ……いや、それは……」
「愛してるよ、千尋……」
千尋の言葉が終わらないうちに、拓也が首筋に唇を這わせてきた。
千尋は慌てて首を捻り、拓也の手を押さえた。
「と、というか拓也くん、こんなことしてていいの? 国会議員って忙しいんじゃ」
「ああ、それは別にいいんだ。俺はまだ新米中の新米だし。こういう地元巡業も大切にしろって言われてるんだよ」
……友達の家に押しかけることが「地方巡業」なのかは、甚だ疑問なのだが。
「うわっ……!」
テーブルにうつ伏せに押さえ込まれ、千尋はますます動揺した。
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