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とりあえずあり得ない

 呼び出されたのは白亜の御殿、っていいたくなるくらいに立派で大きな先方の自宅。  表門は洋風で、重厚な石造りの屋敷の奥、素敵に整備された日本庭園の隅に、ででんと置かれたイオニア建築風の東屋。  でっかくて立派なのはいいけど、和洋折衷通り越しててどんな趣味してんだろうなって毎回思う。  門を開けてもらって前庭を一人で歩き、玄関からはいつものように、この家の勤め人と同じ服を着た人に先導されていく。 「みーのーりー」  歩きながらでも、と、話を始めようとした途端に、詰襟学生服を着た男が駆け込んできた。  学生服の後ろから付き従うのは、見事なまでにブラックスーツを着こなした男。 「はい、ここにおりますよ」 「もうやだー! 深律(みのり)がいないと仕事できないー」  駆け込んできた男は、その勢いのまま俺を先導していたメイド服を着た人物に抱きつく。  そう。  この家の勤め人と同じ服とは、ひらひらかわいいメイド服。  しかも、男だ。  俺を先導しているのはメイド服を着た男なのだ!  大の男を軽く抱き留めて、メイド服を着た男はにこやかに微笑んだ。 「またまたふざけたことを」 「ホントだし!」 「嶺音(れのん)さまは、今ここで自分と触れ合うのと、あとで何の邪魔も入らないところでゆっくりするのと、どちらを選ばれますか?」  優しい手つきで抱きついている男を引きはがし、その顔を甘やかすように撫でて、メイド服の男は言葉を紡ぐ。 「自分はどちらでもいいですよ。学生服だなんてストイックな格好のあなたを甘やかすのも、至極楽しいですからね」 「深律~」 「ああ、そういえば。今日は原島があなたの好きなパイを焼くと言っておりましたね」  なだめる手をかいくぐって甘えてくる男を、蕩けるような目で見つめる男。  ねえ、ホントに俺最近、自分のいろんな基準に自信がなくなってきたんですけど、俺がおかしいの?  普通、男はメイド服着ないよね?  抱きついて赤の他人の男に甘える大の男って、少数派だよね?  大人同士で他人の前で、こんなに堂々と甘えるのも甘やかすのも、普通じゃないよね? 「マジで?」  詰襟の男は、自分の後ろから来ていたブラックスーツの男に確認をとる。  仕方ないなあという顔をして、ブラックスーツの男は肯定を返した。 「お茶の時間までに間に合えば、アイスを添えるように手配しますが、いかがしましょうか」 「深律が部屋まで送ってくれたら、頑張る」 「送るだけですよ」 「チャージは?」 「キリがなくなるので、ダメです」 「ぅええええええ」 「では、ここで先払いいたしましょう」  だから頑張ってくださいね、そういって、目の前で始まるキスシーン。  お互いの口をついばむように、ちゅっちゅちゅっちゅと、繰り返される。  っていうか、ねえ。  まだ終わりませんか。  いつまでちゅっちゅちゅっちゅやってる気だよ。  人のキスシーン生で見ても嬉しくないんですけども。  俺、今、かわいそうな独り身ですからね。  しかも男同士で片方はメイド服着てるとか、それが実は憧れてた職場の先輩とかもう、いろいろとあり得ない。 「リア充、爆発しろ」  ぼそりと呟いたセリフが耳に入ったらしくて、ブラックスーツの男が小さく噴き出した。 「そこでそう言いますか」 「言っちゃあダメですか」 「これをリア充と?」 「だって本人たちがそう言ってるんだし、そうなんでしょ」 「なるほど……あなたのそういうところは、大変好ましい」  くつくつと喉を鳴らされて、俺は憮然とするしかなくなる。  だって、本人たちがそれでいいって言ってんだから、男同士だろうが何だろうが、ねえ。 「中村」  ブラックスーツの男が声をかけて、やっとキスが止まる。  二人して残念そうな顔してるとかもう、マジでムカつくから。 「嶺音さま、仕事、しましょうか」  にっこりとブラックスーツの男が笑いかけると不承不承、建物の方に戻っていった。  っていうか。  メイド服の男とがっつり手をつないでんだけどっ。  マジでムカつく。  どれだけ天才で仕事ができて重要人物だか知らないけど……いや、そこは知ってる。  知ってはいるけど、でもとりあえず、マジでムカつく。 「さて、こちらも仕事にかかろうか」  くっそうって思いながら奥歯をかみしめて去りゆく背中を見つめてたら、俺にもお声がかかった。  そうですね。  こっちにもお仕事がありますからね。 「はい」  俺はカバンの中から頼まれていた紙束を取り出して、差し出した。

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