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藪はつついちゃいけません

 原島さんはキッチンに入ると書類はサイドテーブルに置いて、嶺音が好きなのだというパイをオーブンから取り出し、軽食の準備を進める。  途中で中村さんも戻ってきて、手を動かしながら、警備のことやもろもろの報告や懸案事項を確認していく。 「これ、先日頼まれていたデータですけど……なんですか、これ?」  原島さんに渡したのとは別に、中村さんにはちょっとした辞書ほどもありそうな厚みの紙束を渡す。  ちらっと中身を見たけど、アルファベットの羅列にしか見えなかった。  プログラミングをプリントアウトしたものだとは、準備した職員が言っていたけど。 「彼がひっかっかりを覚えた、とあるシステムのプログラムだ」 「どうするんです?」 「さあ?」  受け取った中村さんは当たり前のように首をかしげる。 「自分にはよくわからないんだが、彼がひっかかるというなら何かがあるんだと思う」 「はあ……そういうものなんですか?」 「嶺音は天才だからな」  そういいながら、我がことのようにすごいどや顔してます、中村さん。  結局、メロメロなんだろうなと思う。  メイド服着せられてようが、人前でキスしようが、スカートの中に頭つっこまれようが、全然気にならないくらいに惚れこんでるんだろう。 「釈然としない」 「ん? どうした、田中?」 「原島さんや中村さんが、そこまで彼に惚れこむような要素が見当たらないので、釈然としません」  俺がそういうと、二人は顔を見合わせてから笑った。  それから息ぴったりに、それぞれが口にした。  嶺音に出番がないならそれに越したことはないのだと。  そういうもんなのかなと思う。  俺には嶺音はただの変な高校生でしかないのだ。 「みーのーりぃぃぃー、やっぱり、もうだめー」 「嶺音さま」  ものすごい足音とともに駆け込んできた嶺音が、中村さんの腰にタックルをかます。  そのとたんに、手にしていた紙がバサバサと散った。  あーあ、という顔をしながらしかりつけることもなく、嶺音の頭を撫でて中村さんが問う。 「キリが付きましたか? お茶にしますか?」 「……」 「嶺音さま?」  たくさんの紙が、順番もバラバラになってアチコチに散らばった。  あれだけ騒がしかった男が、何も言わずに散った紙を見る。  ああ、もう、しょうがないなぁ……これだけ見事に散ってしまったら、順番をそろえるだけでも大変だろう。 「俺、これ拾いますよ。原島さんも中村さんも、先に……」 「田中、待って」 「はい?」  紙を拾い上げようとした俺の手を、中村さんの声が止めた。 「何かを見つけたらしい。ちょっと待ってくれ。何も触るな」  じーっと中村さんの腰にしがみついたままの嶺音。  中村さんはその様子を見つめている。 「深律」 「はい」 「並べなおす。手伝って」 「はい」  がばっと床に座り込んで、嶺音が紙を入れ替え始める。  くいくいっと、俺に合図をして原島さんが部屋の隅に移動した。 「不思議なことに、彼は画面では引っ掛かりしか覚えないそうだ」 「はい?」 「紙にして見直すことで、システムの弱点や組み換えが見えるのだと言っている。ただ、自分でもその手順をうまく説明できないらしくてな」 「はあ」 「あんな調子で、この間、防御システムを一つ破壊した」 「は?」 「国際問題になりかねないので、速やかに、しかるべきところへ届け出たけどね」  いつの間にか中村さんがいくつのかの文房具を並べて、紙を入れ替えたり、印をつけたり、切ったり貼ったりが始まっている。  天才のやることは、わからない。 「中村は、自分にない嶺音の破天荒なところがいいのだそうだ」 「なるほど」  せっせと手伝う中村さんは、確かにとても楽しそうで、甘やかしているときとはまた違う生き生きとした表情をしている。  嶺音は何かにとりつかれたようにものすごい勢いで紙を見て何かを書いて入れ替えて、さっぱりわからない作業をしていて、それはとても幸せそうな光景に見えた。 「聞いていいですか」 「何をだ?」 「中村さんが、彼と一緒にいることを選ぶのは、なんとなくわかりました。でも、あなたは?」 「ん?」  こんなにいろんなことをこなす人が、どうしてこんな訳の分からない子どもの執事になろうと思ったのか、それがわからない。 「原島さんが、彼と一緒にいるのはなぜですか」 「夢がかなうと思ったから、かな」 「はい?」  なんか今、ものすごく嘘くさい回答が聞こえた。 「お前今、すごく失礼なこと思ったろう」 「いえ。嘘くさいなんて思ってませんよ」 「正直だなお前」  あ。  つるっと出た本音に、原島さんは楽しそうに喉の奥で笑った。 「ちょっとね、本気で自分の力を発揮してみたくなって」 「はあ」 「組織のバックも必要だけど、組織の中にいてはできないことが、嶺音のところにいればできるかなと」 「ええと……ちなみに、なにを?」  とてもとても楽しそうに作業している二人を見ながら、優しい顔で原島さんが言うので、あまり突っ込まない方が身のためだというのに、ついうっかり踏み込んでしまった。  それに気がついたのは、質問を口にしてから。  しまったと思ったけど、キャンセルする間もなく原島さんが言った。 「世界征服」

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