2 / 4

1.匂いのない名刺 side,加茂

カーテンを開けると明るい日差しが眼に飛び込んでくる。 「陽仁様。おはようございます。」 主人は右側が一人分空いたベッドをそっと撫でる。 「もう、彼は帰ったんですね。」 明け方そそくさと出て行く薄情者を私は知っている。 今日は大学生風の若い男だった。 「ええ。お帰りになられました。」 「そうですか。」 寂しそうな眼。あの頃とは比べ物にならないぐらい光を失ってしまった眼。 暗い海の底に投げ出されてしまった、そんな眼だ。 「加茂、お風呂・・・・」 「湧いております。」 あんな男に執着して。 何度も怒鳴りそうになった。 自分の体を差し出したところで、他人の心は貴方のものになるわけがない。 ボロボロになったところで、彼奴が帰ってくるはずもない。 でも、私は悟ってしまった。 自分では主人を満たすことはできない。 「いつも、ありがとう・・・ね。」 ボロボロの主人を抱きしめることすら、許されないのだ。 ベットサイドの小さなチェスト。一番上の引き出しにいつも必ず入っている。 使われていない電話番号に、屋敷の住所だけが書かれた、一枚の紙切れ。 『桐ヶ谷芳宗』___憎くて仕方がない、彼奴の名刺。

ともだちにシェアしよう!