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1.匂いのない名刺 side,加茂
カーテンを開けると明るい日差しが眼に飛び込んでくる。
「陽仁様。おはようございます。」
主人は右側が一人分空いたベッドをそっと撫でる。
「もう、彼は帰ったんですね。」
明け方そそくさと出て行く薄情者を私は知っている。
今日は大学生風の若い男だった。
「ええ。お帰りになられました。」
「そうですか。」
寂しそうな眼。あの頃とは比べ物にならないぐらい光を失ってしまった眼。
暗い海の底に投げ出されてしまった、そんな眼だ。
「加茂、お風呂・・・・」
「湧いております。」
あんな男に執着して。
何度も怒鳴りそうになった。
自分の体を差し出したところで、他人の心は貴方のものになるわけがない。
ボロボロになったところで、彼奴が帰ってくるはずもない。
でも、私は悟ってしまった。
自分では主人を満たすことはできない。
「いつも、ありがとう・・・ね。」
ボロボロの主人を抱きしめることすら、許されないのだ。
ベットサイドの小さなチェスト。一番上の引き出しにいつも必ず入っている。
使われていない電話番号に、屋敷の住所だけが書かれた、一枚の紙切れ。
『桐ヶ谷芳宗』___憎くて仕方がない、彼奴の名刺。
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