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第1章① 一九四七年七月
「いいか。そう、堅苦しく考えなくていいんだ」
そう前置きした後、ケンゾウ・ニイガタ少尉は部下のジョージ・アキラ・カトウ軍曹に向かって言った。
「俺と一緒に家をたずねて、一時間ほどお茶を飲みながら、向こうのお嬢さんと親御さんと話をするだけだ。もちろん、そのあとお嬢さんと近所を散歩するくらいのことはあるかもしれんが。聞く話では、近所に名の知れた紅葉の名所があるらしいぞ。今はまだ七月だが、秋の頃になればそれは見もので――」
ニイガタは長々説明した末に、ことさら軽く付け加えた。
「決してだな。見合いとか、そういうことじゃないから」
「………」
上官の言葉を額面通りに受け取るには、カトウは日本の習慣を知り過ぎていた。
幼少期から少年期にかけて、一般的とは言いがたい環境で育ったとはいえさすがに分かる。
――……いや。見合い以外の何ものでもないだろう、それ。
よほど口に出して突っ込みたかったが、寸前のところで控えた。しかし例によって、顔に出たらしい。カトウの同意を得られていないと悟ったニイガタは、さらに言いつのった。
「年齢のことが気になるか。確かに、向こうはお前より二つばかり年上だが…なに。会ってみれば意外と気にならんもんだ。現に俺の嫁さんだって、俺より三つ上だ」
「いえ、あの…」
そもそも問題となるのは、年齢ではなく性別なのだが。
「安心しろ。本格的に付き合いはじめたとして、心配はなにもない。きちんと手続きさえ踏めば、本国に戻る時に一緒に連れて行けるし、逆にお前の方が日本で仕事を続ける可能性だってあるだろうから…」
「ちょっと、待ってくださいって!」
ここにきて、さすがにカトウも口をはさんだ。
まだ会うかどうかの返事さえしていない。にもかかわらず、その先のことまで見通しているということは、ニイガタがそれだけこの話に肩入れして、あれこれ画策している証拠だ。
まずい。このままでは流されるまま、「じゃあ次の日曜日は空けておいてくれ」という事態になりかねない。
カトウは、いかにもわざとらしく言った。
「あ、そうだ。そういえば俺、サンダース中尉に呼ばれているのを忘れていました。申し訳ありませんが、これにて失礼します!」
敬礼をひとつして、くるりと踵を返す。
「おい、こら。まだ話は終わっとらんぞ!」
ニイガタの大声が追いかけてくる。カトウは聞こえぬふりをした。
そのまま半ば駆け足で、翻訳業務室からほうほうの態で逃げ出した。
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